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「つかれました……」

「属性と術式の説明は大変だよねー。私も説明しろって言われたら大分こんがらがるもん」


 甘音がとてもプロとは思えない発言をするが、いつもの事なのか誰もツッコもうとはしない。

 玲芽はミルクと砂糖を二つずつ入れた甘いコーヒーを飲み干す。甘党なのだろうか。


「はい、ミノちゃんお疲れ」

「本当に疲れました……いんぷっととあうとぷっとは違う……」

「いや、寧ろ楠瀬の知識量に驚いたわ。普通魔術使えない奴が魔核やら魔力やらについて知ってるって事、中々ないぜ?」


 未梨の感想に勇武がそう発言し、甘音がうんうんと強く頷く。


「いっぱい知識を頭に入れて疲れたと思うけど、ミノちゃんが知りたいのはここからよ?」


 結璃がにひひと悪戯っぽく笑い、頭を使って疲労の色が見える未梨の頭を優しく叩く。


「そうですね……頑張りますよ」


 未梨は表情を引き締めて、これから知る事になる記憶の持ち主に真剣な視線を向ける。


「じゃ、もう次に移る?」


 結璃は未梨と玲芽へ交互に視線を向けて確認を取る。


「私は大丈夫ですよ」

「俺も、いい」


 二人の承諾に頷き、結璃は立ち上がる。


「じゃ、ついて来て。場所を変えるわよ」

「あ、はい」


 未梨の玲芽は結璃に付き従い、MAOの待機場を後にする。

 結璃の背を眺めつつ、玲芽の左に一度って仄暗い廊下を歩く。

 未梨の位置からは髪に隠れて見えないが、玲芽はどこか静かだった。

 特に日常的にうるさいわけではないし寧ろ無口ではあるのだが、普段の彼は他人を拒絶する様な雰囲気を纏っていた。

 今の玲芽にはそれもなく、まるで流れのない水面の様な雰囲気がある。集中している状態ともまた違う、精神的な疲労を纏った濁りを未梨は感じた。

 三人は何かを話すでもなく、エレベーターで天宮邸の二階へと降り立つ。

 とっくに陽の沈んだ天窓の外を眺めつつ、結璃が足跡に従って一つの部屋に足を踏み入れた。

 室内は医務室と同じく、純白で覆われた空間だった。

 ただ医務室とは違い、この部屋はどこか荘厳な雰囲気を醸し出している。家具の一つもない、少し広い部屋。どういう構造なのか壁は緩く円を描いており、部屋の中央には細い円柱の台座が設置されている。


「ここは私の魔術をかけた部屋なの」


 中央の台座の奥に立ち、そう説明を始める結璃。未梨は台座を囲む様に台座の手前に立つ。いつの間にか結璃の手には、掌くらいの大きさをしたガラス玉が在った。

 ふと台座の方に目を向けると、そこには結璃の持つガラス玉が丁度収まりそうな窪みがある。


「この玉には私が玲芽の脳から複写した記憶が詰まっているの。玲芽が産まれてから、ここで預かる事になるまでの記憶がね」

「錐川くんの、記憶……」


 ゴクリと生唾を飲み、ガラス玉を見つめる。

 何の変哲もない球体のように見えていたが、その中には白をベースに様々な色の光が明滅している。不思議と視線が吸い寄せられる、謎めいた魅力を持つ光だ。


「これをこの台座に設置する事で、部屋全体が記憶を再生するスクリーンになるの」


 結璃の言葉に、未梨はあの光に玲芽の記憶が凝縮されているんだ、などと考える。


「ねえ、錐川くん」


 そして未梨は振り向き、部屋の壁に背を預けていた玲芽を呼びかける。


「なんだ」

「改めて、確認を取ろうかと……。他人の記憶を覗くって、物凄くプライバシー的に問題があると思ってるから……」

「今更気にする事でもないだろう。寧ろ俺の方が訊きたいくらいだ。俺の記憶を──‬俺のバックボーンを覗く、その覚悟はあるか?」


 鋭い視線が、自分を捉えているのが判る。拒絶でも許容でもない純粋な視線の圧力が、自分にかかっているのも判った。


「うん、あるよ」


 その短い一言で玲芽の圧力を押し除け、未梨は目を瞑って一つ息を吐く。


「結璃さん、お願いします」


 ゆっくりと目を開き、未梨は台座を挟んだ正面に立つ結璃に向けて短く強い語気で請い願う。


「ん、了解」


 結璃が両手で包み込んだガラス玉を台座に設置して、未梨の少し後ろまで移動する。

 部屋が暗くなり、目の前の壁が少しずつ明るくなる。

 そして未梨は、背後の彼に残された傷痕の秘密を解き明かすべく、再生される記憶に意識を没頭させた。

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