22
「さて、そろそろ講義タイムかしら?」
食後のコーヒーを飲みながら、結璃がそう切り出す。
「はっ。そうですね」
未梨は判らない事だらけでここに来たのだが、食事が美味しくてその事をすっかり忘れてしまっていた。
「じゃあ、まずは……取り敢えずここの事かな。さっきも言ったけど、私達は魔術犯罪殲滅組織。魔術を使った犯罪行為──今日学校で起きたやつみたいなのね──を取り締まったり、魔獣の発生を感知して討伐するために結成された組織なの」
結璃が自分達の仕事を簡潔に説明する。つまりはここにいる玲芽は勿論、甘音や勇武、そして結璃も魔獣を使って戦闘を行う者──即ち魔術士なのだろう。
「んで、魔獣を発見するためのレーダーやらはこの家に設置されてるし、何故か父がそういうコネクションを持ってるから、魔術犯罪が発生した時は連絡が届くの。それでこの家の地下がMAOの待機場になったってわけ」
「組織の大体の事は判りました。じゃあ、まじゅう? って何なんですか? ものすご〜く怖い生き物、という事くらいしか判ってなくて」
未梨が次の質問を自分から提示すると、結璃は「むむむ……」と難しい顔で答に迷う。
「実は詳細的な部分は私達にも理解できていないの。取り敢えずの見地としては『ここではない別の世界から現れた、共存不能の生命体』ってところかしら」
「別の世界……?」
結璃の言葉は全体的に曖昧な表現であったが、特に曖昧な部分を抜き出す。発言した結璃自体が難しい表情をしているため、本当にそれ以外に適した表現が中々できないのだろう。
「獣型、人型、植物型……と種類はたくさんいるんだけど、皆一様にこの世界の生物とは構造が違うの。類似しているのは形状だけ。そして魔獣達は形が違えど『動力源が魔力』という共通点を持つわ。だけど魔獣は魔核を体内に保有していない。つまりどういう事か、判る?」
「……魔力、というか魔核を持つ人間を狙う?」
未梨の回答に、結璃が「正解よ」と丸をつける。
「よーするに魔獣は、魔力を求めてどこかからやって来て、人間を魔核ごと食べちゃおうとする存在って事」
退屈だったのか、甘音が割り込んでくる。
「ひえぇ……。じゃあ私、本当に生命の危機だったんだ」
改めて未梨は今日の出来事を思い出し、ゾクゾクと背筋を震わせる。
「錐川くんは生命の恩人だよぉ〜。本当にありがとう……!」
机に手をつけて頭を下げる未梨。玲芽は「仕事だから助けただけだ」と冷たくあしらう。
「魔獣の厄介なところはただ制御不能の存在ってところだけじゃなくて、特殊な能力を持った個体が存在するってところよね」
「う、そうですね。私が接触したのも、ベトベトした液体を身体に貼りつけてました」
未梨は自分が接触した魔獣の姿を思い出し、嫌な顔をしながら筋弛緩効果のある粘液を有した事を伝える。
「ああ……それで。とまあそんなふうに、毒持ちだったり、火を噴いたりしてくる魔獣なわけだけど。もっと厄介なのはやっぱり人間の介入よね」
「人間の? どこから来たのかも判らない魔獣を、こう品種改良的な感じで改造したりするんですか?」
未梨は結璃の言葉をそういったニュアンスで受け取る。
「いいえ、魔獣に手を加える事はできない。制御する事もね。まず魔獣を生きたまま捕らえ、人間から奪い取った魔核を餌として与える事によって生き長らえさせるの。それで制御不能の魔獣を飼い、捕らえた者が好きなタイミングで解き放ち戦力として運用するの」
「制御できないのに、戦力として数えられるんですか?」
魔獣を捕らえて『食糧』を与えて生命を維持する者がいる。そこまでは理解できた。だがそれを解き放ったところで支配下に置けないのであれば、戦力として数えられないのではないか。
「魔獣は魔核──人間を狙って行動するわ。奴等には魔核を感じ取る力があるみたいだからね。感じ取れる範囲内に人間がいれば、そこに向かって動くようになっている。今回みたいに状況を作れさえすれば、上手く動いてくれるわ。ようは兵士ではなく兵器的に運用できるって事ね」
未梨は「なるほど……」と呟き、今回自分が体験した状況を思い起こす。
玲芽を狙った魔術士達は、魔術に耐性のない人々を学校の敷地外へと誘導する術にかけた。そして無防備な人達を襲うように魔獣の群れを解き放ち、勇武の足止めを行った。
「んー、でも中にもいたって事は、群れを二つに分けて……」
「やっぱ楠瀬ちゃん、実は頭良いよね?」
口についたチョコレートケーキを拭き取りながら、甘音は未梨の呟きに風呂へ入る前とは打って変わった評価を行う。因みに甘音がケーキの一ホールの半分を平らげた。
「い、いえいえ……ああでも、褒めてくれるのは嬉しいです」
「そう。恐らくミノちゃんの考えてる通り、敵は魔獣の群れを二つに分けた。校外に誘導した人間を狙う群れAと、校内の魔術士を狙った群れBに。そして学生兼魔術士三人の内、最低一人を校外へと回らせるよう分断。一人を自分達と戦わせる事により足止め。残った一人──玲芽の生命を奪るべく、篠崎志乃が単身動いた。という事になるわね」
結璃が敵の作戦を憶測で語る。
「それに人が捕らえた魔獣って、うちの探査に引っ掛からないのよね……魔核狩りのバックには、相当優秀な研究者がいるわね」
「そーそー。厄介なんだよねー」
結璃の愚痴っぽい発言に、甘音は飄々とした口調で賛同する。
「そう言う割には余裕そうっすね」
「はは、まー強さなら私達の方が断然上だからね」
「向こうが技術系のノウハウがある分、こっちは戦闘のノウハウがあるからね。魔術そのものの知識だってこっちの方があるだろうし」
結璃が甘音に同意し、コーヒーを一口含んで息を吐く。
「ああ、ごめんなさい。喋らせ過ぎちゃいましたね」
未梨の謝罪に結璃が「いいのよ」と笑う。
「教えるのは結構好きなの。これでも玲芽が行ってない小中学校で教える事は、私が教えたのよ。三年くらいかかったけどね?」
「う……ぐうう」
結璃の発言に、玲芽が突然苦しそうに胸を押さえる。九年分の勉強を四年に圧縮して行ったのだ、相応の苦痛を伴ったのだろう。
「次の授業は……魔術そのものかな?」
「あ! 私魔術に関してはある程度知識があるんですよ」
未梨が顔をパッと明るくして挙手する。未梨以外の四人が意外そうに目を見開き、結璃が何かを思いついた様にニコッと笑う。
「じゃあ、ミノちゃんが魔術について私達に説明してよ。足りないとことか間違ってるとこは、逐一私達で訂正、補足するから」
その提案に、未梨はギョッとする。聞き手の四人は正に魔術のプロフェッショナル。プロを相手に素人である自分が話さなければならないという状況に、未梨は口から心臓が出そうになる程の緊張を覚える。
未梨は一つ深呼吸をして、記憶の下層に沈んでいた魔術についての知識を掬い上げる。
「まずですね。人間の身体には他の動物にはない『魔核』という内臓があります。この魔核は球状で石の様な質感を持っている事は共通していますが、色やサイズは個々人によって異なります。小さな魔核はただ存在するだけで特に何かの働きを持つ事はありませんが、直径二センチ程度を上回ると、魔核が働き出します。この魔核の仕事は『魔力』という特殊な力を生産して、血液と共に体内へと流れ全身に滞留します」
未梨が魔核についての説明を一通り終えて、一旦言葉を区切る。ふと結璃の方を見ると、視線に気付いた結璃が親指と人差し指で丸を作る。今の説明で問題ないらしい。
(よし。ちょっと自信ついた)
プロからの説明に不足なしの印を押され、未梨の緊張はある程度落ち着いた。だがこれで終わりではない。再び脳を働かせ、続く言葉を考える。
「産み出されたこの魔力は、魔術を使うためのエネルギーになります。魔核のサイズが大きければ大きい程生産される魔力量は増加し、それに応じて体内に保有できる魔力の最大量も大きくなります。魔力が空っぽの状態から最大量まで戻る時間サイズに関わらず二四時間ですが、身体が不健康だとそれに応じて魔力の生産も遅れていきます」
「うんうん。勉強熱心だねえ楠瀬ちゃん」
その発言から察するに、自分の説明は間違っていないと未梨は安堵する。そしてこの説明のメインとなる魔術そのものの項目に入る。
「魔術とは、ざっくり言うと『魔力を消費して発される力』です。体内にある魔力を使い、火や風を起こしたり、氷や岩を産み出したりといった現象を道具もなしに発生させる事ができます。ですが魔力さえあればどんな魔術をも扱える──というわけではなく、個人には『属性』という魔術的方向性があります。ええと……『火炎』の属性を持っていれば火を起こす事ができ『水氷』の属性を持っていれば水や氷を産み出せるという具合に、その属性が司る物体や概念を魔術として発動できます。逆に言えば『火炎』の属性しか持たない者は水を出す事はできません」
(うぅ……属性の事になると頭が痛くなってくる。難しいんだよねこの辺……)
未梨が少しずつ限界を迎える始めたのを察し、結璃が「台本も書く物もなしによく頑張ったわよ、ミノちゃん」と肩を抱く。
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