3 魔術犯罪殲滅組織

16


「おし、着いた」

「え、ここ?」


 玲芽や勇武、そして甘音に連れられて未梨がやって来たのは、彼女も見た事のある超がつく程の豪邸だった。

 未梨の身長程度の鉄柵を挟んだ外側からは、公立高校のグラウンドと同程度の広さの庭園が見える。噴水や四つの花畑のあるその庭は、閑静で面白みのない町並みにそこだけ自然公園を切り取って貼りつけたかの様な風景だ。


「あまみやのやしき……だったよね」


 未梨の家はここから北にある川を渡った先の町にあるのだが、その辺りでも有名な屋敷だ。小さい頃に興味本位で見に来た事すらある。


「門開くぞー」


 勇武が横に大きな白い門の前で何かをしていると、自動的に門が四人を歓迎すべく開いていく。


「うおお、自動で開いてる……」


 未梨がその重厚な門の動く音にそんなリアクションを取っていると「因みに、こーさい認証? 目を鍵にするやつなんだよ」と隣を歩く甘音が、にひひと自慢げな笑顔を見せる。


「凄い……ここが、未来──‬!」

「現在だが……?」


 未梨が虹彩認証という聞き慣れない響きに電気が走る様な衝撃を覚えていると、後ろを歩く玲芽が未梨の発言に本気で意味が判らない様子で呟く。

 甘音がその天然ツッコミにぷくくと笑い、白い石製の噴水を指す。


「こっちも凄いよねー。休みの日とかはこの辺りでご飯食べる事も少なくないんだー」


 三段式の噴水は近くで見ると更に高い。周囲のレンガ床には間接照明が配置されており、夜になるとライトアップされるのだろう。


「まるで別世界……!」


 夜の庭園を脳内で空想し、未梨はこの庭園が本当に別の場所から持ってきた場所なのではないかという錯覚に見舞われる。


「きひひ、今度はツッコまないの?」


 甘音が歯を見せて笑いながら、後ろの玲芽を振り返る。


「ツッコむだけ無駄だと学びました」


 玲芽が目を外方に向けて小さく呟くと、勇武が腹を抱えて笑い甘音も「流石の理解力!」と笑いを堪えながら言う。


「失礼だよ錐川くん! ツッコんでくれたら直すよ!」

「そういう問題なのか?」


 だんまりモードの玲芽に代わり、勇武が眉を顰めて不可解な様子でそうツッコミ代行をする。


「普通そういう比喩だー、って言うよね?」

「その通りでございます……」


 甘音の乗っかりに、未梨は身体の上に重い石でも積まれた様な気分になる。背中を折ってとぼとぼ歩いていると、庭園にも負けず巨大な家屋が目の前まで近付く。

 別段玉葱の様な屋根をしていたり四隅に見張り用の尖塔が建っていたりするわけではないが、ただ単純な一軒家という事だけで未梨は圧倒されそうになる。


「大きい……何か怖い」


 ピカピカに磨かれた白い壁に圧倒されそうになっていると、家屋のドアが開き「おかえりー」と少し低い女声が耳に入ってくる。


「あ、結璃ゆうりだ」


 金髪のポニーテールを揺らして歩いて来たのは、庭園や屋敷にも劣らぬ存在感と美しさを持つ女性だった。


「大変だったみたいね。まさか学校なんて人の多い場所で派手な襲撃かましてくるとは、思ってもみなかったわ」


 紫色の瞳を細め、長い睫毛をありありと見せる結璃と呼ばれた女性。近付いてみて判ったが、かなりの身長だ。玲芽とそう変わらないが、その堂々とした佇まいから彼よりも大きく見えるくらいだ。

 高い鼻や切長の輪郭の顔も素晴らしいが、そのプロポーションにも凄まじいものがあった。


「この子が玲芽が保護したって女生徒ちゃん?」


 結璃を観察していた未梨に、当の結璃が目を向けてくる。見られた未梨は途端に緊張して背筋をピンと伸ばす。


「ふぁ、ふぁい! わたくし楠瀬未梨と申す者です! 不束者ですがどうか末長くよろしくお願いします!!」


 緊張のあまりどこかプロポーズめいた自己紹介をする未梨。後から自分の発言にじわじわと顔を赤らめる。


「私はここの家主の娘で、天宮結璃と申します。以後お見知り置きを」


 ふわっと指先でそこにはないドレスを掴む様な所作をして、結璃が未梨に挨拶をする。その優雅な動作に未梨は「か、か、完璧超人だ〜!!」と叫び出しそうになるが、何とか心の中に響かせるだけに留める。


「……って、こんな堅苦しい挨拶はないわね。どうしてそんなに緊張してるの?」


 いかにも御令嬢な仕草と台詞から一変して、フランクに笑って未梨の肩をぺしぺしと叩く結璃。


「い、いやあ。天宮さんがあまりにもお美しい方だったので、緊張しちゃって……」


 苦笑して正直な気持ちを述べる未梨に、一瞬動きを止めて少しばかり頬を赤くする結璃。


「うふふ、社交辞令でそういう言葉は飽きる程聞いたけど、こんなに飾り気のない褒め言葉を聞いたのははじめて。何だか照れ臭いわね」


 そういって恥ずかしそうに顔をくしゃりと笑顔にする結璃に、未梨は尚の事心を矢で射抜かれた様な気分になる。

 美しさに似合う優雅さも備えながら、その実人柄は人一倍親しみやすい。その性格が出ているのか、そういえば服装も随分ラフだ。


「はいはーい。結璃が可愛いのは知ってるから、とっとと行くよー」


 甘音が結璃の背後に回り、肩を掴んでくるりと回転させる。


「甘音。もう、これから出逢いの喜びを語り明かそうとしてたのに」

「勇武くんから報告来てるでしょ? 楠瀬ちゃんは魔獣と接触したんだから。それに玲芽くんもぬべーっとしてるけど、だいぶダメージあるみたいだし」


 結璃の背中を押しながら、至極もっともな発言をしてずいずいと屋敷の中へと入っていく甘音。


「判ったわよ。ええと……ミノちゃん。ついて来て」


 未梨を早速あだ名で呼び、結璃は彼女に邸内へ入るよう促す。


「ふわあ、広い」


 未梨は邸内を見上げてそんな感想を漏らす。

 屋敷の玄関は吹き抜けになっており、全部で三階建てなのが上方の隅を走る廊下が二つある事から判る。

 高い天窓から空が見えるものの、もう陽はかなり傾いているため光は射し込まない。


「と、言う割にはさっきみたくビックリしてねーな?」


 赤い絨毯を踏みながら、勇武が横からそう笑いかけてくる。


「むふふ。一番に煌めく星を見たから、多少の事では驚かないのです」


 ふふんと上機嫌に鼻を鳴らして、未梨は前を歩く結璃の方を見ながら言う。


「おお、詩的な表現」


 天宮邸に入ってから突飛な表現が多かった未梨だが、初めて感心された事に一層鼻高々といった様子で胸を張っていた。

 案内された部屋は、豪奢な廊下とは打って変わって素朴なものだった。

 壁も天井も、備え付けられたベッドも白い。いかにも医務室という雰囲気のその部屋で、未梨以外の学生三人は思い思いにスツールやベッドに座っている。


「ミノちゃんは、ちょこっと血を貰うから隣の部屋にお願いしていい?」

「あ、はい。判りました」


 結璃に言われ、部屋の右奥にあったドアから別室へと移動する。


「すぐ終わるし、ちょっとビックリするかもよ?」

「ちゅ、注射でビックリですか……」


 結璃が開けてくれたドアを渡る直前。結璃がニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら放った言葉を聞いて、未梨は少し不安になった。

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