13
*
──逃げてって、どうやって?
そう訊きたい気持ちはあった。ここの出入口は今錐川玲芽と謎の女性──篠崎志乃──が入ってきたところだけであったし、窓から外廊下に出ようにも窓を開けようとした時点でこちらに攻撃が向きかねない。
だが訊く事はできなかった。何故ならそう言い放った玲芽が、絶体絶命の危機に瀕していたからだ。
それに逃げるという選択を取れば、目の前の玲芽を見離すという事になる。無力な未梨に助ける術など持ちようもないが、友人を前にして尻尾を巻いて逃げ出す事もできない。
「そこのお嬢さん?」
そう発した志乃以外には、この空間に『お嬢さん』と形容できる人物は未梨を置いて他にいない。
未梨は言葉を発さぬまま志乃の方に目をやり、次の言葉を待つ。
「私の出す問題に正しく答えられれば、これ以上この子を傷つけないであげるわ。悪い話じゃないでしょう?」
志乃の提案に未梨が頷きかけると「聞くな!」という低いがよく響く声が、彼女を制止する。
「うるさいわねぇ……」
玲芽を鬱陶しがった志乃がグッと彼の顔面を握る。
「グッ……があっ」
志乃が何かしたのか、玲芽は力のない声で痛みを叫ぶ。
「わ、判りました! 答えますから!」
玲芽の声に心を掻き毟られた未梨は、懇願する様に志乃に向けてそう叫ぶ。
「はぁい。じゃあ第一問。この子みたいに髪が白くて瞳が鮮やかな色をしているのは、ある内臓のサイズが関係しています。その関係する内臓とは何でしょう?」
「ま、魔核……?」
答に迷えば志乃がまた玲芽を攻撃するかも知れない。志乃の放つ雰囲気からそう思った未梨は、間髪入れずに正当をぶつける。
「正解。じゃあ第二問。魔核のサイズによって産み出される魔力は増減し、ある程度のサイズを超えると魔力が髪と瞳を染め上げますが、そのサイズとは直径で何センチでしょうか?」
「七センチです。直径七センチメートルを超えると、高濃度の魔力が体毛を白くして瞳が魔核と同色になります」
未梨は補足知識も加えて、連続して正答する。
(私にこの状況を打開するような力はない。ないから、できるだけ時間を稼いで、あの人の注目も集める!)
未梨の作戦は、志乃が始めたクイズに正解し続けて玲芽の回復する時間を稼ぐという手段だ。それにこちらを見る時間を増やせば、玲芽が志乃の隙を突いてくれるかも知れない。
「あら、詳しいのね? なら第三問。その白い髪で魔核と同色の瞳を持つ者達の事を『マガツメ』と俗称されていますが、正式な病名は何でしょうか?」
「魔核肥大症です」
未梨は毅然として、ピシャリと正解を言い当てる。
──ハッキリ言って、未梨の心は不安でいっぱいだ。
それでもその不安を一切表に出さず、背筋をピンと伸ばして魔術士たる篠崎志乃に向き合えるのは、玲芽のあの言葉があったからだ。
──俺がお前を護るよ。
そう言ってくれた玲芽の目は、本当にまっすぐで。何一つ偽りなどないと確信できた。
──だから、私は錐川くんのその真摯な想いに応えたい。護るのは錐川くんがやってくれるって信じてる。だから私は、ちょっとだけそれを手伝うんだ。錐川くんが『護る』なら、私は少しでもそれを『助ける』。
その思いが未梨の伸ばした背筋を守っている。この危機的状況の中で不安ながらもクリアな思考を保っている。
「そう……珍しいタイプの子ね……。なら、第四問。錐川玲芽くんの魔核は何色?」
未梨に思うところがあったのか、志乃は少し問題の方向性を変える。だが志乃はこの問題の答を事前に殆ど自分で言っていた。
魔核と瞳が同色になる。未梨は玲芽の顔を頻繁に見ているため、答は明白だった。
「赤、ですよね」
その指向の変更に戸惑いながらも、未梨は正確に答える。
だが、返ってきた正誤の判定は意外なものだった。
「ざんねん、はずれ」
嬉しそうに量の口角を上げて、志乃は歌う様に言い放つ。そして再び玲芽の頭を鷲掴みにする。
「クソ……がっ!」
玲芽が反撃に転じるより早く、志乃が玲芽に攻撃する。電撃を浴びせられ、玲芽は白目を剥いて意識を絶っているようにも見える。
「マガツメの魔核の色は瞳と同色でしょう!? だったら錐川くんの魔核は赤のはずですよ!」
「くふふ……。だったら、見てみればいいでしょう?」
言って、志乃は無抵抗の玲芽の前髪を退かす。玲芽の顔は逆さまに未梨の方を向いているため、彼女にもその顔が見える。
「え──な、何……?」
その光景は異様、という表現がピッタリだった。
玲芽の前髪に隠れた顔の半分は、そこ以外の白い肌とは違いヘドロの様に黒ずんでいた。輪郭も少し膨らんでいて歪だ。目蓋も腫れて左目はあまり見えないが──その奥の瞳は、黒い。
「そう、この子の……こいつの左目は黒。先天的か後天的かは判らないけれど、オッドアイなの。つまり可能性として、魔核は赤と黒の二色という事が有り得るの。だから……貴女の答ははずれ」
ぐったりと地に伏したままでいる玲芽の細い首に、志乃は毛細根の様な手を伸ばす。
(ダメ……ダメ。このままじゃ、錐川くんが殺されちゃう!)
「ま、待ってください!」
未梨は一か八か、志乃の狙いを逸らすための手を打つ。
「貴女の問題に答えられなかったのは私です。だから……その罰は、私にしてください」
震える身体を懸命に抑え、ふらふらしそうな視線をまっすぐ志乃に向けて。未梨は落ち着き払った口調でそう願う。
「…………は?」
未梨のその言葉を想定しないなかったのか、志乃は髪に隠れた顔を驚かせてそう一音だけ発した。
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