12
*
赤い片目で、玲芽は敵の残影を追う。
こちらを狙う篠崎志乃は雷電属性の使い手。自身の移動速度を雷と同速まで引き上げ、目にも止まらぬ高速の移動から攻撃を仕掛けてくる。
(クッソ……片目じゃ追いきれない。だが幸い敵の攻撃は貧弱。とにかく守りを固めていれば怪我一つなく勇武か甘音さんを待てる)
玲芽は数分の攻防の中で、再び図書室への出入口を背にしていた。そこまで移動したのは導かれたのではなく、彼が意識して少しずつそこまで戻ってきた。
その理由は、壁を背にして相手の攻撃範囲を絞るため。図書室のすぐ左は校舎の外壁を沿う形の細い廊下。制御しきれていない雷速移動ではそんな細い場所からは攻撃できないだろう。
そのため志乃が玲芽に攻撃してくる角度は、彼から見て正面か右の二択になる。
そして理由はもう一つ。背後の図書室内に楠瀬未梨がいるからだ。
玲芽は勇武との通話中、未梨の存在を彼に報告した。志乃は雷電の魔術を使いこなし他者の通話を盗聴、更には介入まで可能にしている。
即ち未梨の存在は、志乃も知っている可能性が高い。
あまりに図書室から離れてしまうと、室内にいる事を察した志乃が人質にしてしまう可能性がある。
そうなれば玲芽が一気に不利になるし、何より『護る』と決めた相手を危機に突き落としまう羽目になる。
──それは許せない。
玲芽のどこかで、それは絶対に許せない事だと叫び続ける。
(正直本能に従うなんて野生的な事、ちょっとどうかと思う。だけど今は行動原理を理性で支える余裕がない。だから今できる事をやる、それだけだ)
今玲芽の思考は、目前の敵からの攻撃を如何にいなすかに大半のリソースを割いている。そこに更なる思考を挟む余地はない。
だが不思議と集中している。今こうして考えている間にも志乃は攻撃の手を緩めるはずもなく、電撃を放ち玲芽を殺そうとしている。
だが単調な攻めは玲芽の防御を崩せない。魔術を通さぬよう手を加えた氷の盾は、玲芽の身を守り続けている。
「ク、フフ。防御だけは本当に一人前なのね」
志乃が足を止め、そう声をかけてくる。玲芽には無視をするという選択もあったが、会話に時間を割いてくれるならそれはそれで好都合だと考えた玲芽。
「まだ未熟だ。お前の攻撃が弱いだけだろう」
それは幾分本心も交えていた。
志乃の攻撃は確かに単調だが、雷電属性は攻撃と速度に優れた属性だ。創った物に否応なく魔力の混ざる水氷の盾で凌ぐのは簡単ではない。
だが玲芽の反応と防御で充分に防げる範囲ではあった。まだ魔術の修練を始めてそう期間の経っていない玲芽の防御はまだ発展途上だが、未だ傷一つないのは志乃の攻撃が弱い事の証明だろう。
それ等の事実を交え、玲芽は挑発として志乃にぶつけてやった。単身で格上を相手取る時は挑発でも何でもやってやれ、とは彼の師からの教えだ。
「生意気ね……」
「だが、判らないな。何故お前は俺の生命を狙う?」
──訊くな。言うな。その答は今のお前には毒だ。
叫ぶ本能を無視して、玲芽は問いかける。
「は? 何が?」
「お前は魔術士だろう。なら『人間』達より優れた魔術士が、俺を狙う道理はないはずだ」
玲芽の倫理に於いて、魔術を扱える者はただの『人間』よりも進化した存在。劣等種の人間を淘汰するために力を振るう事はあっても、同じ魔術士の『仲間』の生命を奪うために魔術を使う事は彼にとって有り得ない事だった。
「人間より……優れた……?」
志乃の顔は前髪に隠れて見えないが、声色からしてキョトンとした表情をしているのだろう。
「そうだ。魔術士は人間から進化した存在。劣った能力を持つ人間を──「ぷ……クフフ──アーッハッハッハッハ!!」
玲芽の発言に覆い被せて、辛抱ならなかったという様に志乃が勢いよく吹き出す。
「な、何だ……?」
その反応を想定に入れていなかった玲芽は、腹を抱えて笑い続ける志乃を見つめながらそう呟く。
「あは……くふふ……。失礼。そう……そういう考えを持つようになったのね。ふふふ…………」
未だ残る可笑しさを滲ませながら、涎でも出たのか口を拭いつつ謝罪する志乃。玲芽は発言の意図が判らず呆けているだけで、攻勢に出る事も防御を固める事もしない。
──本能の告げる通り、玲芽の問いは毒であった。
玲芽は集中を切らしてしまい、真正面から接近する志乃への反応が遅れてしまった。
「うぐ……あ」
鳩尾に深々と木の棒の如き脚が突き刺さる。減り込んだのは刹那。突進の勢いを利用した蹴りの威力は高く、玲芽は吹き飛ばされ背中から図書室のドアにぶつかる。
大きな音を上げ、立て付けの悪いドアはレールから外れて倒れる。
背中からぶつかったため、後頭部への衝撃は最小で済んだ。だが多少のダメージで玲芽は数秒硬直してしまう。雷電使いを前に、その数秒は命取りだ。
立ち上がろうとする玲芽には弱い電撃を浴びせ、動きを止める志乃。そのまま彼の腹に乗り、身体の自由を奪う。
「き、錐川くん……?」
大きな音に怯えていたのか、身体を丸めていた未梨がその光景に声をかける。
「そういえば、一人残っているって聞いたわね」
「楠瀬……逃げ──」
言いかけたところで、玲芽の全身に痛みが走る。志乃が言葉を止めるために電撃を放ったのだろう。
「さあて。楽しいクイズの時間といきましょうか?」
半月の様に笑みを浮かべる志乃を見上げ、玲芽は彼女の姿に己の過去を重ねた。
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