11



 細く高い金属音が嘶く。細い黒と太い鈍色がぶつかり合い、火花を散らす。

 数合撃ち込んだ甘音は、素速いステップで距離を取る。


(思った以上に硬い防御。私より数段遅いけど、同時に創造する技術が高い。狭い廊下を活かして、私を背後に回らせないようにしてる)


 柄を握る手の力を緩め、今までの攻防から判明した情報を整理する。その隙を突かんとする敵を目線で牽制しながら、甘音は次にすべき事を考える。


(あんなのと連んでる奴だから大した事ないと思ってたけど、侮ったなー。私のこういうとこやっぱダメだ)


 大地の防御力は一流だ。知り合いに複数人防御系の魔術の達人はいるが、硬さだけなら彼等に引けを取らない。岩石属性という守備に適正のある属性を持っているから、という理由もある。だが魔力による硬度と重量の補正は大地の技量によるものだ。


「凄まじい剣技だな……」


 甘音が反省していると、大地が眉を顰めながらそう声をかけてくる。何の含みもない賞賛に、甘音は「どうも」と一言の礼で返す。


(貴方の技術も大概凄いけどね……。玲芽くんに見せてあげたい)


「いや、剣の冴えもそうだが……先程刀を受け取った瞬間の跳躍。一体何だ?」

「ん、何だ……って、跳んだのよ?」


(ま、その前に一瞬斬りに行くって本気で見せかけたけどね)


 甘音は自身が修めた剣技の要である『見せかけ』の部分を隠し、淡々と答える。

 彼女の扱う剣技の要点は二つ。足捌きと見せかけだ。

 縦横無尽に戦場を駆ける速さとしなやかさ、停止状態から最高速へ切り出す敏捷性。そして縦斬りと見せかけて横斬り、前方への踏み込みと見せかけて横に走る──‬といった相手を『騙す』という技術だ。

 先程勇武の方まで跳んだ時は、大地に斬られると思い込ませる程の気合いと踏み出しによる見せかけの技術を使用した。


「流石に剣技の秘密を教えてくれはせんか。ならこの目で確かめて見抜くのみ──‬!」

「頑張ってねー。ま──‬次で終わらせるけど」


 小休止は終わり、二人は再び闘気を纏って互いをそれだけで殺しかねない視線をぶつけ合う。


(こういう相手、こういう地形。私にできる最善の行動は……)


 甘音は私有圏から鞘を取り出し、黒い三日月を隠す。


「ふぅー……」


 鞘を腰に差して手から力を抜き、ぐっと低く構えた脚部も楽にする。そして大きな目を瞑り、ゆったりとした歩調で前方へと進む。


「なん……だ」


 とても戦闘中とは思えないその様子に、大地は多少ながらの困惑を覚える。だがすぐに気を取り直し、前方の左右に大きな岩壁を創造する。真正面は甘音の姿を見るために空けているのだろう。


「空に丸日が白高に」

(日々を過ごす様に)


「揺らぬ水面は煌綺羅と」

(いつもの道を歩く様に)


「歩み止めれば誰そ彼て」

(誰かと話す様に)


「家路辿れば昏き空」

(ご飯を食べる様に)


「今宵は三日月」

(いつも通りに)


 そこでふっ……と甘音が姿を消す。


「馬鹿な……!」


 大地は慌てて後方を確認する。だが背後にも少女の影は無く、本当に消えてしまったかの様に気配もない。


「昇りて咲う」

(斬り捨てるだけ)


 ──‬声が聞こえた。


 甘音の真影を真正面に捉えた時には、大地は既に肩から腹までを斬りつけられていた。

 カチン──‬と刀を納め、詠の終わりを告げる。

 甘音は返り血を浴びた目蓋を拭い、それが当然であるかの様な所作で跪く大地の姿を視界に入れる。


「ただ跳んだだけ、か……」


 身体を深く斬られた大地が、止め処なく溢れる赤を手で抑えようとしながらそう呟く。


「そういう事。よく判ったね」


 そうだ。甘音はただ垂直に跳んだだけ。ただ跳ぶまでの歩調があまりにもゆったりとしていたため、突然の超高速跳躍に大地の反応がついて行けず、消えたと錯覚したのだ。そして音もなく着地して斬撃を浴びせた。

 無論最低速から最高速への転換や跳躍速度を発揮する、立華甘音ならではの幻惑術だ。


「とにかく。抵抗できない程度に脚を斬るね。縄で縛ったところで抜け出せちゃうだろうし」


 納刀した刀を再び抜いて、敵の魔術士を無力化するために甘音は刃を向ける。


「戦士としては完敗だな……だが!」

「貴方、まだ──‬!」


 大地のまだ目は死んでいない。寧ろここまで織り込み済みといった様子で傷口に当てていた手をぶん回す。

 甘音は一歩退くが、特に魔術を放ったというわけではないらしい。だが甘音は悔しそうに歯噛みして「しまった……!」と短く叫ぶ。


 大地の手についた血が甘音の手に貼りつく。そしてその血液には大地の魔力が多量に含有されている。

 そしてその血液が岩石に変化して、甘音を縛りつける手錠と化す。

 自分の失態に熱くなってしまった甘音は、残った脚を振り上げて大地の傷口へと蹴りを入れようとする。

 しかしその行動選択は短絡。大地にとっては想定の範囲内だったらしい。

 正面から甘音の右足を受け止め、石の靴を履かせる。


「ぬ……ぐぅ」


 重い石を足先に載せられ、甘音のスピードは著しく低下する。それでも常人離れした敏捷性ではあるが、手練れの魔術士である大地には通用しない。

 怪我を押して大地は低く飛び込み、甘音の軸足になっていた左足を両手で掴む。そしてそちらにも石の枷を創造し、甘音の手足を完全に拘束する。

 大地の更なる追撃を防ぐべく甘音は剣を構えるが、敵の狙いは正にそこだった。

 大地は甘音の手の甲を殴り、握った愛刀・月峰を弾き飛ばす。これで甘音の身体能力は半減。大地の石枷も手伝ってもう殆ど動けない。


「勝負は俺の負け。だから俺はこれ以上はお前を傷つけん。そこでおとなしくしておけ」


 担い手から離れて床に転がった黒い三日月を蹴り飛ばし、大地はそう言い残して廊下をよろよろと歩いていく。


「あ! 私の刀を足蹴に……! ぐぐぐ……重い」


 敗北感と油断した自責の念から、甘音は顔をくしゃくしゃにして悔しがる。これ以上は動けないと判断して、床に身を投げ出す。


「あー……ダメな先輩でごめん、玲芽くん……」


 恐らく敵の狙いであろう後輩の名前を呟き、冷たい床に預けた頬を膨らませる。

 自らの慢心から喫してしまった失態に、甘音はただ玲芽の無事を祈る事しかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る