8
「ふいー」
その場に転がる良治を廊下の端に蹴飛ばし、幾分溜飲の下った甘音は残る一人に目を向ける。
大地は一人欠けた状況にも関わらず、冷静に甘音の様子を見ながらゆっくりと攻撃の姿勢に入る。
「甘音さん!」
そこで廊下の向こうから、彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声と共に、甘音の愛刀が飛んでくる。
「ナイスアシストよ……勇武くん!」
器用に月峰の柄を掴み取り、ニヤりと笑って両手で構える。
「行くよ……!」
そう宣言して駆け出す。大地が両腕を交差させて防御態勢を取る。
切先を後ろにして低く構え、駆け出した甘音は──大地を飛び越えてその向こうにいた九澄勇武と合流する。
「助かったよ勇武くん。この子がいないとあいつの相手は難しいからねー」
言って、勇武の低い頭をわしわしと撫でる。子供扱いが嫌な勇武はぺしっと甘音の腕を払い「どういたしまして」と溜息混じりに言う。
「外の様子はどうだった?」
甘音はどこからともなく取り出した鞘に月峰の刃を収め、勇武に状況を訊ねる。
「人は殆ど校門の近くにいますね。その影響でこいつ等が放った魔獣も外に来てましたけど、倒しときました」
「ナーイス。玲芽くんは……多分校内にいるよね? あの守りがそうそう破られるとは思えないけど、ちょっと心配かな」
甘音は激しい運動で擦れ下がったニーハイソックスを上げる。絶対領域は乙女の防御力を上げるのだ。きっとそうだ。
「そうっすね、魔獣には束になっても破れないでしょうけど、こいつ等の狙いは玲芽の魔核だと思うし」
「魔術士は全部で三人いたから、多分残りの一人が玲芽くん狙いで動いてると思う。あの人も強そうには見えなかったけど……勇武くんは校内に魔獣が残ってないか見回りしつつ玲芽くんと連絡つけて。私はサクッとそいつ倒してから行くから」
「了解っす。あ、甘音さん」
現状の擦り合わせを終え、それぞれの仕事に取りかかろうとしたところで、勇武に呼び止められる。
「ん? どしたの?」
勇武は数秒顔を赤くして少し言い辛そうに目を泳がせるが、思い切って指摘する。
「制服のまんま動いてるから、結構……ほら、見えちゃってますよ」
甘音はいつも戦闘時にスパッツを穿いているため、スカートだろうがあまり気にせず──多少は気にしている──飛んだり跳ねたりしているが、今は非常事態で制服のまま戦っているのを失念していた。
垂直に跳んだり急降下したり今日は特に上下運動がよくあったので、制服のスカートはそれはそれははためいた事だろう。
甘音は途端に顔をかあっと赤らめ「おおおおおおおう……」と慌てぶりを隠そうともしない。
だが今は戦場の只中。首をブンブンと振って何とか平静を取り戻す。
「いつもなら『しばき』だけど、態々指摘してくれたし、助けてくれたから許す!」
というより不注意な甘音が悪いのだが、そんな事を冷静に考えられる心情ではない。
「アザーッス! 気合入れて頑張りまーす!!」
勇武は羞恥心を投げ飛ばす様に声を張り上げ、甘音に背を向けて駆け出す。
「ふ、ふふん。話している間にかかって来ても良かったのに」
甘音は鯉口を切り、恥ずかしそうに目を明後日の方に向けて大地を挑発する。空気が締まらない。
「こちらから向かえば一刀の下に伏せていただろう。後半はそうでもなかったかも知れんが」
その通りだ。スカートの件では少しばかり、ほんの少しばかり乱していたが、甘音は話している間に大地が攻撃してこないかと態と隙を見せていた。
「ま、流石にそのくらいは見抜くよね。貴方レベルになると」
甘音は鞘を下げた左半身を後ろに向け、渦を巻く様に身体を捻って鞘に手を添える。
「はは……久々に相見えた強き魔術士よ。楽しませてくれ!」
大地はニィッと口角を上げてそう強気に笑う。
「それは保証できないよ。すぐに終わっちゃうかも知れないからね」
甘音は低く構え、静かな水面の如き精神を以って敵の攻撃に身構えた。
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