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「ハイッ!」
黒い刃が、柔らかな盾を断つ。
「やっぱ凄いねぇ……水を斬り裂くかよォ!」
その盾の奥にいた痩躯の男が、ニタニタと笑いながら刃の持ち主に称賛を送る。
賞賛を受けた少女は追撃を仕掛けようと脚を一歩踏み込もうとして、上げた足を戻す。
「くっ……!」
刀の持ち主──立華甘音は口元を歪めて後方に視線を向ける。
(横振りか……)
咄嗟に姿勢を低くして、後方からの男の一撃を回避する。そのまま後方に跳び、自分と敵対する二人の男を視界に収める。
「ふぅー」
甘音は学校の廊下で、その男達と遭遇した。
放課後に聞こえた校内放送。それは魔術を含んだ物だった。不審に思った甘音は『誘導』属性の魔術にかかった他の生徒を放置し、信を置ける後輩に『外の様子よろしく』とだけ連絡して単身職員室まで偵察に来た。
そこにいたのは三人の男女。三人とも立居振る舞いから魔術士とは判断できたので、問答無用で武力行使に入った。
三人の内の紅一点はその場を脱し、残る二人が甘音を足止めすべく残り戦闘に突入した。
一人は『水氷』の属性を操る痩身の男。こちらを舐める様に見つめる爬虫類に似た目が特徴的だ。
もう一人は『岩石』の属性を持つ、巨躯の男。その属性に違わぬ岩の様に頑丈そうな身体を持ち、ゴツゴツとした大きな筋肉が強い存在感を放っている。
甘音は単独でその魔術士二人を相手に立ち回っていた。
(二人ともできるだけ範囲の広い盾を作って、私の進路を妨害する事を強く意識している……。鬱陶しいな、私のスタイルも調査済みってわけね)
甘音は魔術士としては異端だ。何せ遠くに魔術を放つ事ができない。
それ故甘音は愛刀・
戦場は校内、職員室前の廊下。甘音が不利な地形だ。
甘音は縦横無尽に動き回って攻撃するスタイルなのだが、横に狭い廊下ではその真価を発揮できない。その上敵は壁とも言える大きな盾を創造し、前後の動きまで阻んでくる。
甘音は頬に流れた汗を肩で拭い、敵をよく観察する。
「いやあ、勿体ねえな。ここまでバケモノ染みた強さじゃなけりゃ、サクッと縛ってお楽しみだったんだけどなぁ……」
「ちゃんとしろ、良治」
水氷使いが甘音の姿をマジマジと眺めながらそう言うと、岩石使いがそう叱責して両腕に岩の刃を装備する。鮫のヒレを思わせる半月状の岩石は、矛と盾両方の役割をこなすのだろう。
「あいあい。大地は真面目だなあ」
大地、と呼ばれた男が動き出す。甘音は愛刀の黒い柄を握る手に力を入れる。
先程と同様に低く駆け抜けて凌ごうとしたが、大地の両腕は低空を裂き甘音の動きを阻んでいる。
(なら、上──!)
甘音は垂直に跳ぶ。魔術と月峰の力によって強化された甘音の脚力は、容易にその身を天井近くまで運ぶ。
そこで身体を縦に捻り、天井を蹴って急降下する。更に半回転させて甘音は大地の脳天目掛けて刀を突き下ろす。
「ふんっ!」
大地が腕を頭上で交差させ、岩石の月を盾にする。
甘音の刺突は二重の岩を貫通するが、すんでのところで止まってしまう。
(流石に貫けないか……!)
「なっ……!」
刀を引き抜こうとするが、できない。岩越しで見えないが、恐らく下にいる大地が何かをしたのだろう。
「ホウッ!」
良治と呼ばれた水使いが高いかけ声を上げ、甘音に向けて水の鞭を伸ばす。隙を突かれた甘音は回避できず、甘音の首に水が纏わりつく。
「う……ぐ……ぁっ」
甘音の首が絞まる。魔力を篭めた水は本物の鞭の様に首を圧迫し、酸素の運搬を堰き止める。
(迂闊……!)
甘音は顔を青くしながら心底悔しそうに歯を食い縛り、歯を見せていやらしい笑みを浮かべる良治を睨む。
「ヒャハハ!! たまんねぇなその悔しそうな表情! ブチ込んでやった時は、もっと良い顔してくれんだろうなぁ!?」
そう下卑た心情を隠そうともせず、良治は高く笑い甘音の細い首に巻かれた水をより強く絞める。
(下衆が……! 嘗めてるんじゃないわよ!!)
甘音は月峰から手を離し、右手に魔力を集める。
そしてピンと伸ばした手で水の鞭を斬り裂き、良治との接続を断ち切る。
「素手でもできんのかよ……達人かよ」
甘音に纏わりついていた水は魔術による捜査から解かれ、重力に従って岩の刃を濡らす。
「フーッ、フーッ……」
首絞めから解放され、甘音は全身で酸素を取り込む。だが彼女が足場にしている場所は、敵が創造した魔術による物。そこに大人しく乗っていられるわけがない。
「わっ!」
大地が腕を後方に傾け、甘音は床に投げ出される。再び敵に挟まれる形になり、更に得物である月峰は大地が蹴飛ばしたため手元にはない。
(あー、ほんとに迂闊だった。天井使ったまでは良かったけど、先に倒すならあの弱そうな方に決まってるよね……)
甘音はふらふらと立ち上がり、見えないよりはマシかろうと窓に背を向けて左右に二人を視界に入れる。
「へっへへ……観念しな。従順にするなら気持ちよぉくしてやっからよぉ……!」
「殺されるよりは良いだろう。こちらの目的はお前の足止めだからな」
それぞれの水の鞭と岩石の刃を創造し、甘音ににじり寄る。甘音はこの状況を打開するため懸命に思考を展開する。
(兎にも角にも挟み撃ちから抜け出すのが重要。弱いのは確実にヒョロい方。でもデカいのは頭はキレるけど鈍重だから天井と壁を使えば避けられるかな……)
目を見開き、いつでも動けるよう膝から力を抜いて待ち構える。甘音の集中力は凄まじく、目の周りに血管が浮かびそうな程だ。
「おらっ!」
良治が水の鞭を振り上げる。
咄嗟に反応した甘音が背面を床に向けて跳び、棒高跳びの要領で鞭を回避する。
「なにっ!?」
空中で身体を三六〇度回転させた甘音は、着地と同時に床を蹴って良治の後頭部目掛けて掌底を突き出す。
「テん……メェ!!」
何とか意識を保った良治は振り向いて右の拳を放つが、甘音の目にはスローモーションに写る。
「ほいっと」
軽々と回避した甘音は良治の手首と二の腕を掴み、伸ばした肘目掛けて思い切り膝を蹴り上げる。
「うぎゃああああああああああ!!!!」
良治の肘が逆方向に曲がり、あまりの痛みに絶叫する。甘音は良治のぶら下がった手首を引っ張って寝かせ、今度は折った手の指先を左足で踏んで固定する。
「い、いてえいてえ!! う、うでうで腕が!?」
「ラァッ!!」
未だ現状を理解できず叫ぶだけの良治に向け、思い切り右足で肘に更なる追撃を突き落とす。
執拗──もとい丁寧で念入りな甘音の追撃により、良治は白目を剥いて気を失う。
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