5
(何でだよ……何であいつは、俺を恐れているクセにあんなにも食い下がる……?)
玲芽にとって、あんなふうに接してくる『人間』は初めてだった。
マガツメの彼に普通の友達の様に接し、だが意見が食い違えば恐れながらでもハッキリと自分の意思を伝えようとする人間。
そのはじめての衝突と、自分が彼女を少しばかり恐れてしまった事に、玲芽は苛立ちを覚えていた。
(もういい……)
玲芽は思考を中断し、立ち上がる。何か気分を変えられる物がないかと周囲を見渡し、ふと違和感に気付く。
誰もいない机の上に、鞄が置いてあるのだ。玲芽のショルダーバッグでも、未梨のリュックサックでもない。黒い手提げ鞄だ。
(さっきまで誰かいたのか……? しかし、いたとしても鞄を置いてちょっと退室、にしては長い)
そこまで考えて、先程未梨が司書室に鞄が置いてあったと言っていたのを思い出す。
(そんな事二人も同時に起こり得るのか……? いや、二人だけならなくもないか?)
そう考えて、玲芽は他の机の方に視線を向ける。
「ある……」
他にも幾つか持ち主不明の鞄があり、明らかな不自然さを感じた。集団で腹痛でも起こしたのなら有り得なくもないが、学校で同じ食物を出しているわけではないし、ここに来た全ての人間が食堂を利用したという可能性は低いだろう。
(この図書室に何か異常事態が発生している……? 俺とあいつは特に影響はないが、何か……何かないか)
玲芽は今までの事を思い出しつつ、この室内にこれ以上の違和感がないか探す。
脳内で映像を再生する様にして、玲芽は放課後から今までの記憶を思い出す。
教室を出ようとしたところで未梨に声をかけられ、北校舎三階の図書室までやって来た。そこまでの道中に未梨は道を間違え、玲芽がそれを正した。
「これか……!」
未梨が道を間違える前に、校内放送があった。妙に間の抜けた、いたかどうかも判らない教師を呼ぶ放送。そこに手がかりがあった。
(あれはもしかしたら……魔術を入り混ぜた放送だったのかも知れない)
突拍子もない発想ではあるが、そうすればこの状況を用意できる。
声に魔術を乗せて相手に効果を及ぼす事は可能だ。だが放送器具の様な電子機器を介して魔術をかけるのはかなり難しい。皮膚に魔力が満ちていればまずかからないだろうし、魔術をかけられた者も何か少しの衝撃があれば解けてしまうだろう。
そして玲芽は、実際に未梨の魔術を解いた。当時は彼もそうだとは考えていなかったが、後から考えてみれば未梨の様子はおかしかった気はしないでもない。
(何らかの魔術による強制撤退。だが放送器具を介した術では魔術士には無効。いや……それをふるいに使ったのか?)
効力の弱まった魔術では魔術士に効果がない。逆に言えば、それを使えば魔術士とそうでない者を簡単に振り分けられる。
(人間と魔術士、どちらかに用があるなら都合の良い強さの術、というわけか……)
そこまで考えて、玲芽は未梨の事を思い出す。彼女は魔術にかかったが、玲芽の手によってそれを解かれた。
もしその術を使った者がどこかに行ってしまった人間に用があるのなら、彼女は安全地帯にいるという事になる。だがもし校舎内に残った魔術士に攻撃を仕掛けるべく状況を整えたなら、一転して未梨は危険地帯のど真ん中にいる事になる。
(どちらにせよ、俺には関係のない事だ……)
そう考えて割り切ろうとするが、割り切ろうとすればする程、その少女の顔が頭にチラつく。
まるで友達の様に声をかけてくる未梨。冗談が好きなのか、上手い事言った時に口角を上げてするドヤ顔。面白い事を言ったわけでもないのに、いつも浮かべている柔らかな笑顔。そして、先程見せた、恐れながらも自分に食ってかかる凄んだ表情。
「はぁ……」
──イライラする。助けられる状況なのに手を伸ばさない奴には、イライラする。
今の自分がそれだ。楠瀬未梨が危機に瀕しているかも知れないのに、錐川玲芽は動こうとしていない。
立ち上がり、出入口に向かう。行動を起こす決心がついた。
(これで何事もなかったら、赤っ恥だな。だけど……動かないと俺の苛立ちは収まらない)
玲芽は自分のプライドと未梨の命を天秤にかけ、後者を選択する。
飽くまで自分のストレスを解消させるためだと誰にするでもない言い訳をして、玲芽は校内を駆け出した。
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