第29話 なにをそんなにキレてんだよ……

 約束の時間になってもミコトが姿を見せず、俺はオリヴィアさんやリタさんたちと一足先にお店へと向かった。


 店に着くと、すでに二十人近い人たちが顔を揃えていた。今日は貸し切りらしい。


 テーブルに座る顔ぶれにはすでに知っている人たちもいれば、初対面の人たちもいた。ミコトを待つ間に、俺は先に挨拶をすませた。

 それぞれ都合などもあり全員が来ているわけではないが、ハンターをはじめ、工房の職人や受付の職員など、ギルドで働く多くの人が参加してくれていた。


 しばらくして、ミコトもランドルフさんと店に入って来た。


「おっ、来たか。ランドルフさ~ん、ミコトさ~ん!」

「お~い! こっちこっち~!」


 クリスさんやオリヴィアさんが手を振る。


「……へ??」


 現れたミコトは、なんとも間の抜けた顔をしていた。脱力した様子で俺たちを見ている。


「さ、ミコトさん着きましたよ」


 ランドルフさんがミコトの腰に手を添えて、まるでお嬢様でもエスコートするようにミコトの手を取った。


「段差があるから、足元に気を付けてね」

「へっ? あ、は、はい……」

「ずいぶん遅かったじゃないか」


 ダリアさんがそう言った。ダリアさんはミコトの同僚で、回復アイテムの工房で働いているおばちゃんだ。


「道に迷ってるんじゃないかと思って、ジャイルたちに様子を見に行かせたんだけどね」

「心配いらなかったみたいですね。店のすぐ近くで会いましたよ」


 そう言って頷いたのはジャイルさんだ。少し前にハンターの数人と二人を迎えに店を出ていた。


「待たせてすまなかった。これでも近道して来たんだけどな」

「近道?」

「ああ。パブが多い飲み屋通りを突っ切ってな」

「あんな路地裏にミコトちゃんを連れ込んだのかい!? まったく、なに考えてんだよ?」


 ダリアさんが呆れたようにため息を漏らす。


「分かってるさ。週末だし、酔って羽目を外し過ぎてるやつも多いからな。酔っ払いに絡まれないように、こうやってきっちりと守ってさしあげていたよ?」

「ふ~ん、守ってねぇ……」


 ダリアさんがジト目で、ミコトの腰に手を回すランドルフさんを見やった。


「けど、アンタ、いつまで腰に手を回してる気だい!?」


 ギュムッ!


 ダリアさんがランドルフさんの右手を摘まむ。


「イテテテ! 痛ぇよ、ダリア……。ったく亭主に対してひどい扱いだな」

「アンタこそ、どさくさに紛れてなにやってんだい。ミコトちゃん、変なことされなかったかい、このスケベ男に」

「な、なにも。特には……」


 ミコトが笑顔を強張らせたままそう答えた。


「当たり前だろ。紳士的にエスコートしてたんだぞ?」

「どーだか」

「あの、もしかして二人って」


 ミコトが訊く。


「ん? ああ。このランドルフってのはアタシの旦那なんだよ」

「そ、そうだったんですか!?」

「なんだ、ダリア、言ってなかったのか?」


 話していると、奥から声がかけられた。 


「お~い! 立ち話はそのくらいにして、早く席に座りなよ~!」

「そうだぞ。みんな腹ペコだ」

「遅れてすいませんでしたっ!」


 ミコトがみんなに向かってぺこりと頭を下げる。


「よーし、おやっさん! みんな揃ったから料理と飲み物をじゃんじゃん運んでくれっ!」


 厨房に向かって誰かが言うと、料理人たちの威勢のよい声が返って来た。


「ミコト、遅かったな。何やってたんだよ?」


 俺もミコトに声をかけた。けれど、無反応だ。ガクンと頭を垂れる。


「ミコト? あれ、なんか顔色悪くね? 真っ青だぞ? 気分でも悪いのか?」

「…………」

「ミコト、どうした?」


 ミコトは下を向いたまま、ぷるぷる震え出したかと思うと──


 バチン!!


「痛っ! おま、急になにすんだよっ!?」


 肩を思いきり叩かれた。見ると、ミコトがハムスターみたいに頬を膨らませて怒っている。それにちょっと涙目だった。


「ひどいじゃん、置いてくなんてっ!!」

「し、仕方ないだろ。お店の時間もあったし、これだけ大勢を待たせられないし。ていうか、お前こそどこにいたんだよ?」

「図書室だよ! 昨日言ってたじゃん!」

「あ~……」

「人の気も知らないで……。もういいっ!」


 ぷいと横を向いて、ミコトがスタスタと俺の前を歩き去る。


「悪かったって。そこまでキレることないだろ」


 急いで追いかけた。


「ランドルフさんがミコトを案内するって言ってたからさ。道案内はあの人に頼んだ。そんな怒んなよ」

「いいよ、もう」


 ミコトは仕方なさそうに鼻から息を吐いた。まだ少し不機嫌そうだったけど。


「て言うかシンくん、ランドルフさんのこと知ってたの?」

「うん。ランドルフさんはソロのハンターなんだ。俺が最初にダンジョンでスライムを狩っていた時に、危ないところを助けてもらった人。良い人だったろ?」

「ま、まあね」


 俺たちは並んで椅子に座った。


 目の前のテーブルに料理や飲み物が所狭しと並びはじめる。マンガ肉みたいなジューシーで柔らかそうな巨大骨付き肉に、めっちゃいい匂いの湯気が立ち上る巨大なパイやパエリアなどなど……。


 うっわ、どれもメッチャ美味そう!


「「……」」


 横を見るとミコトも同じく、よだれを垂らしそうな顔をしていた。俺の視線に気づいてこっちを見る。同じタイミングで、思わずクスリと笑い合った。


 今日は食うぞぉ!!


 そう思ったのと同じタイミングで、ある違和感に気づく。


 もう一度よく見ると、ミコトの胸元が空いていた。と言うより、ボタンが取れていた。そしてシャツの間から下着が見えていた。


「ちょっとミコト、その服どうしたんだよ? み、見えてんぞ……!」


 小声で注意を促す。


「こ、この件に関しては、何も訊かないで……」


 シャツをピシリと伸ばして胸元を正すと、低い声でミコトはそう返すのだった。

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