第20話 (ミコト視点)グイグイ来るやん……

 整えられた長い銀髪の男性がおれの後ろに立っていた。


 ずん。


 碧眼に笑みを湛えて、一歩おれの前に歩み寄る。


「やぁ。昨日ぶり、ミコトちゃん!」

「あ……、どうも。ええっと、ジャイルさん」


 彼の名前はジャイル──このギルドに所属するハンターだ。今日も腰に短剣を下げている。

 歳はどのくらいなのだろうか? セリーナさんと同じくらいのようにも思うんだけど。


 この人は昨日、お店を見物していた時にも声をかけて来て、その時おれは、この人からお茶に誘われていた。


 ずん。


「もう、今日のお仕事は終わったの?」

「あ、はい。終わりました」

「そうなんだ。お疲れ様! なら、この後どう? 一緒に喫茶店でお話でもしない?」


 またもや、お茶に誘われてしまった。


「ここの喫茶店のクリームブリュレは絶品なんだ。ぜひ君にご馳走させて欲しいな」

「え、えぇ~。いや、ちょっと時間ないし……」

「そうなの? ずいぶん、ゆっくりしていたみたいだけど?」

「いや、えと。それはぁ~」


 昨日から気づいてはいたんだけどさ。やっぱコレ、あれだよな? ナンパ、されてるんだよな??


「ごめんなさい。ちょっと用事がありまして……」

「用事? このボク、ジャイル・グラミングとクリームブリュレを食べるよりも重要な用事が、この世にあるって言うのかい?」

「……」


 うわぁ。ちょっと、昨日よりもグイグイ来るやん……。あと、図書室でナンパなんてしないでくれよ! みんな静かに本読んでんだからさ!


 ずん……。


「ボクは君のことがもっと知りたいんだ。春のラズフォードに舞い降りた可愛らしい天使ちゃんのことをね……」


 明後日の方向を遠い眼で見つめながら、ジャイルが手を斜め上へと伸ばす。


 なんなの、この人!? は、は、恥ずかしい//////! もう、この場にいたくないんですけど!?


 ずずん……!


「ひっ!?」


 ぽす……。


 あ、やべ。


 一歩また一歩とこっちに近づいてくるから、おれもその分後ろに下がり、常に一定の距離を保っていたけど、とうとう壁際に追い詰められた。


「ミコトちゃん……」

「へ?」

「君は素敵な女の子だ。それに、こんなに美しい黒髪、ボクは見たことがないよ……」


 すっと手が伸びて来て、ジャイルが指先で、しゅるんとおれの髪の毛を摘まむ。指の腹で撫でた。


 ひ、ひぃぃ~! こえぇーっ! 誰かーっ!


「あら、ミコトちゃん?」

「「!?」」


 声のした方を向くと、オリヴィアさんが顔を覗かせていた。胸に大型の本を抱いていた。


 オ、オリヴィアさーん!!


 おれは目で必死に助けを求めた。


「二人とも、こんな隅っこでいったい何をしているの?」

「彼女をお茶にお誘いしていただけだよ?」


 ジャイルがそう言って肩を竦める。それを聞いて、オリヴィアさんもため息を吐いた。


「もう、あなたって人は……、可愛い娘を見かけるといつもそうなんだから」


 オリヴィアさんは、そう言いつつ、さり気なくおれとジャイルの間に入ってくれた。


 や、優しい……。


「新人の面倒見るのが先輩ハンターの務めでしょ、オリヴィア?」

「強引にお茶に誘うのが務めなわけないでしょ? 彼女、怖がってるわよ?」

「強引だなんて人聞きが悪いな。紳士的にお誘いしていたつもりだよ? ねっ?」


 と、ジャイルがオリヴィアさんの背に隠れるおれにウインクを投げかけてきた。瞬間、ぞわっとする。


「と・に・か・く! こんなところで話してたら本を読んでる人たちの邪魔になるからさ、出ましょ」


 オリヴィアさんに促されるように、おれたちは図書室から外へと出た。


 ジャイルはオリヴィアさんに説教されて、それを涼やかに受け流していたが、どうにか今日は諦めて帰って行った。


「また今度お誘いするよ、ボクの天使ちゃん♡」と言う捨て台詞を残して……。


 やめてその言い方、マジで。


「オリヴィアさん、ありがとうございました。助かりました」

「大丈夫だった? ごめんね。まあ彼も、悪い人間ではないんだけどね」

「そ、そうなんですか」

「ハンターとしての実力もあるし、面倒見がいいのも確かなんだけど。特に女の子にはね?」


 オリヴィアさんが困ったように微笑んだ。


 オリヴィアさん、優しいし落ち着いてるし、大人の女性って感じでなんかいいなぁ……。


「あ、そうだ。ミコトちゃんは、明日の夕方、何か予定入ってる?」

「予定ですか? いえ、特には」

「そう。実は明日、仕事終わりに二人の歓迎会をしようかって話があるんだけど、大丈夫かな?」

「歓迎会ですか?」

「うん。新人ハンターとしてラズフォードに来てくれたミコトちゃんとシンくんを歓迎するお食事会よ? ギルドのみんなも誘うつもりなの」

「はい、喜んで! 彼が戻ってきたら聞いてみます。けど、多分大丈夫だと思います」

「分かった。とびきり美味しい料理が食べられるから、楽しみにしててね!」


 オリヴィアさんは笑顔でそう言ったが、真顔に戻ると口を小さく開けた。


「そう言えば二人はどういう関係なの? 昨日、ずいぶん親しそうだったけれど、もしかして結婚したりしてるの?」

「してませんっ!!」


 そこは全力で否定させてもらった。


「そ、そうなんだ……」


 あまりの勢いだったのか、オリヴィアさんは驚いていた。


「彼とはそう言う関係ではなくて、ただの幼馴染って言うか、その……友だち以外のなんでもないです!」

「そっか。ただのハンター仲間なのね」

「はい!」


 勘違いされちゃマズいからな! てか、実際にそうだしね。

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