第19話 (ミコト視点)図書室へ

「ミコトさんのお陰で、ギルドの需要にどうにか応えられそうだよ」

「ホントだねぇ。それにミコトちゃんは【魔力湧出】のスキルがあるから、たくさんポーションを作ることができて、ハンターの連中も助かるんじゃないかね」


 食後のコーヒーで一服しながら、セリーナさんとダリアさんがそう言った。


「お役に立てて良かったです……」


 基本的に回復アイテム作りは魔法を使う。だからMPが尽きてしまえば、その日はそれ以上作ることはできないのだ。けれど、おれの【魔力湧出】という体質は、基本的にMPが尽きることがないらしい。だから作ろうと思えば半永久的にポーションを作ることができるようだ。こういう面も、回復アイテム作りに向いてるんだろうな。


 けれど、まいったな……。


 おれたちは今、レストランから帰って来て工房でくつろいでいた。きっかけが掴めずに、聞きそびれちゃったな。身体の戻し方……。


 休憩を終えた人たちが吹き抜けの通路から工房に戻っていく姿が見える。


「さて、そろそろお昼も終わりか。午後も頑張りましょうかね」

「そうですね」


 二人がコーヒーカップを片付け始める。


 やべぇ、結局聞き出せなかった。


「ミコトさん? どうしたの?」


 黙っていると、セリーナさんがそう訊いてくる。


「い、いえ。何でもありません」


 はぁ、何やってんのよ、おれ……。


「あ、そうだ! ミコトさん」


 思いだしたように、セリーナさんに呼びかけられる。


「確か、自分でも早く回復アイテムが作れるようになりたいって言ってたわよね?」

「えっ? ええ」

「ここで作っている回復薬なら、毎日作っているうちに覚えることができると思うけど、もっと早く色んなアイテムのことを学びたいなら、図書室で調べてみるのもいいと思うよ」

「ああ、それはいいかもね」


 エプロンを着ながら、ダリアさんも頷いた。。


「ここって図書室もあるんですか?」

「うん、三階にね。お仕事が終わったら覗いてみたら?」

「そうしてみようかな」

「回復アイテムをはじめとした魔法薬のレシピ本やクエストに役立つ魔物図鑑、ほかにも専門的な本もたくさんあるから、見てるだけでも面白いし勉強になると思うわ」


 専門書……!? ちょっと待てよ。それって、身体を元に戻すヒントを探せるんじゃないか? そんな魔法の本とかありそうじゃない? よっしゃ、さっそく仕事終わりに覗いて、調べてみよっ!


「けど……、何でも作れるようになって、すぐに辞めちゃったりしないでよぉ」


 ダリアさんがジト目になっておれの頬を突っついた。


「そ、そんなことはしないですよ……」


 おれが苦笑いで返すと、ダリアさんはため息を漏らす。


「実は最近も、それで何人か辞めてっちゃったからさ」

「そうだったんですね」

「ああ。あらかたのアイテムは自分で作れるようになったし、自分の店を持ちたいって言ってね」


 それを聞いて、セリーナさんも困ったように笑う。


「ここで働いていたら手数料マージンを取られるからね。自分で売る方がいいって人がいても、当然と言えば当然なのよ」


 なるほど。


「けれどギルドで働くのは、悪い面だけじゃないよ? ここにある設備や器具も自由に使えるでしょ? ほかにもハンター登録していることで、ギルドの色んなサービスが受けられるから」

「そういう面は便利ですよね」


 ハンターカードを見せることで色んな割引が受けられたりするのだ。


「図書室の本も、ハンターカードの提示で借りられるからね」

「さっそく今日、行ってみます!」

「さ~て、そろそろ手を動かしはじめよう。工房長に怒られちまうからさ!」


 ダリアさんがパパンと手を叩いた。


 良かった。どうにか収穫があったぞ。一歩前進って感じだな。




 午後の仕事を終えて、おれはさっそく図書室へ行ってみた。


 結構広くて、日本みたいに受付カウンターがある。本を読める長机に個別の勉強机まであった。奥に本棚がずらりとならんでいる。蔵書もけっこう多そうだ。


 何人か長机に座って静かに本を読んでいた。


 図書館独特の、あのしんとした空気感は日本と変わんないんだな……。


 よし、おれも調べてみるか。


 邪魔にならないように静かに本棚へと進んでいった。




 う~ん……。それっぽいのを調べてはみたけど、パッとしない。あと専門書っぽいのは、難しくてそもそもよく分からなかった。

 言葉や文字が読めても、内容が理解できるとは限らないもんな……。難しい数学とか物理の論文を読んでいる気分だね。気づけば、文字だけ目で追ってるみたいな。


 唯一見つけることができたそれらしいのは、他人に変身できる魔法薬だった。魔法の術式はよく分からなかったけれど、必要素材のひとつに変身したい相手の身体の一部(毛とか爪とか)と書かれていた。これさえあれば、基本的に誰にでも変身が出来るらしい。


 なんか、ハリーポッターの映画にもそんなんが出て来たっけな。なんとかジュース薬って名前の。簡単に言えばあんな薬だ。


「けど、他人になりたいわけじゃないんだよねぇ……」


 遠慮がちに、おれは呟いた。


 それに一瞬だけ変身するとかじゃなくて、元の男の身体に戻す方法、みたいなのが知りたいんだよ。どっちかと言うと変身を解く方法みたいなの。あるのかな? やっぱ、ねぇのかな?


 まあ、まだ一日目だしな。本棚の端から読んでって、それっぽい本がないか探してくか。ローラー作戦ってやつだ。何かの手がかりが掴めるかもだし、ここで拾った知識を取っ掛かりにできたら、セリーナさんたちにも、スムーズに訊きやすくなるしな。


 そんな風に思いながら背表紙を眺めていると、『猟兵ハンターのための栄養学の基本』ってのが目に留まった。


 手に取ってページをめくる。


「へぇ……。こっちの世界にしかない珍しい果物とか野菜がたくさん載ってる。おもしろーい」


 簡単な食べ物図鑑も付録としてついてた。開いたページに、今朝食べたアプルペールが載っていた。


「なになに『HPの回復速度がやや上昇する。火を通すことでその効果が増す』と。ほう……!」


 へぇ、食べ物にもいろんな効果があるんだ……。


 めくると他にも、食べ続けることで毒耐性が上がるものや魔力が上がるもの、火属性魔法の威力が上がるものとか色々載っていた。


 これ、いいな! お目当ての効果を引き出す食べ物を食べることで、おれ自身も効率よく強化できるし、頑張ってくれてるシンくんのためにもなるじゃん!


「よっしゃ! これ借りよっと」

「ミコートちゃん♡」

「!?」


 う、うわぁ……。またこの人だ。


 急に目の前に現れた男を見て、おれはギクリとなった。

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