第12話 脳に来る香り

 ミコトが風呂に向かった。俺はその間に、明日の分の薪を割る。斧での薪割りなんて初めてだったけど、要領を掴めて来たらそこまでの力は必要なかった。


「庭の窯で魚を焼くっってたから、そっちの方も火を起こして温めておくか……」


 そんなことを言っていると、家の裏から変な声が聞こえ始めた。


「んっ! んんっ! あんっ! やっ、嫌っ!」

「えっ!? え、なに!?」


 マズいよなと思いつつ、裏手に回る。


「ああんっ! ダメッ! ダメダメッ!! もうダメェッ!!」


 な、何やってんのあいつっ!?!?


 すごい喘ぎ声が響いている。


「あ」


 足音が聞こえた。小川の対岸の小路に人が通っていく。


「あらあら、お盛んの様ね♡」

「ここ、新しく若い男女が越してきたらしいわよ」

「ああ、それで……」


 女の人たちが笑いながら通る。


「無理っ! も、もう無理っ! ああっ、ヤダヤダヤダ! でも、あと一回っ! もう一回だけぇっ!!」


 おーーーいっ!! マジで何やってんのあいつっ!!!!


「引っ越したその日にお風呂で、か。ハッハッハ!」

「ふぉっふぉっふぉ……。若いっていいのぉ」

「ふふっ! こ、この声は、さっきの小っちゃくて可愛い巨乳ちゃん? ……ふふふっ!!」


 今度はおじさんとかおじいさんとかヤバいヤツが通っていく。


「……っ!!」


 俺は猛ダッシュで家に入ると風呂場の木戸を叩いた。


 ドンドンドン!!


「ぅおい、ミコトッ!! 何やってんだよ、お前!!」

「うわぁ!? シ、シンくん!? な、何もやってないよ?」

「嘘つけ! めっちゃ声漏れてっから!! 変な声、全部、外聞こえてっから!!」

「ええっ!? あっ、ご、ごめん……」


 はぁ、本当に何をしてたんだよ……。


 その後、ミコトは大人しくなった。


 俺も窯の火起こしも終わり水瓶でのどを潤す。


「うん。変な味もしないし、普通に飲めるわ……。菌とかそれ関係は詳しくは分かんないけど、多分大丈夫だろ」




 しばらくしてミコトが風呂から出る。入れ替わりに俺も入った。


「は~~、今日は色々あって疲れたなぁ~~」


 ……んっ!?


 ある異変を感じて、急いで浴室から逃げ出した。


 ドタドタ。


 ガラガラガラッ!


 どさっ!


 脱衣室に転がり出る。


「っはぁ、はぁ……! なっ、何だ今の!?」

「シンくん、どうした!?」

「うわぁっ!?」


 物音を聞きつけたミコトが、木戸を少し開けて覗いてくる。驚いて思わず下となぜか胸も腕で隠した。


「なんかあった? 虫が出た?」

「い、いや別に」

「そ? あ、窯の火、ありがと」

「う、うん」


 ミコトは戻っていった。


 カラ、カラ、カラ……。


 慎重に俺はもう一度、浴室に入る。


 湯けむりが充満しているのだが、その湯けむりが、と言うかこの浴室に充満している匂いが……っ!!


 俺はタオルで口と鼻を押さえる。


「な、何なんだよ、この匂い……っ!? さっき風呂掃除した時はしてなかったぞ!?」


 多分これって、もしかして……あいつの匂いっ!?!? いい匂いとか、もうそう言う次元じゃない。なんかすごく……エロい!!

 何て言っていいのか。鼻に来るとかじゃなくて、脳に直接ビシビシ訴えかけてくる感じ。


 なんか、クラクラしてきた……。


「あんまり考えないようにしよ」


 頭からお湯をかぶる。白い陶器のケースが二つ並んでいる。石鹸とシャンプーだ。ビーズ状の粒を入れてお湯を加えると液状になる結構便利な仕様だった。


 シャンプーは、こっちか。


 少し手に乗せる。


「……あっ、これってシャンプーの匂いか??」


 いや分らん。もう、鼻が馬鹿になってきてる。


 この匂いはミコトではなくシャンプーの香りなんだと言い聞かせて、ソッコーで頭と身体を洗い、湯船にさっと浸かってすぐに浴室から出た。


 湯船でゆっくりしかったな……。




 風呂から出ると結構暗くなってきていた。


 リビングに行くと、ちょうどミコトが自分の制服のしわを伸ばしてクローゼットに掛けているところだった。


 あと、あちこちの照明にオレンジ色の光が灯っていて明るい。


「あ、シンくん、お帰り」

「お帰りってなんだよ。それより、この照明どうしたの?」

「あ、すごいでしょ? この照明も魔法の道具みたい」

「そうなんだ」

「うん。蝋燭とか立てるところなかったし、もしやと思って魔粒子を流し込むと光り出した」

「へぇ、便利なもんだな」

「それよりさ、お腹空いたでしょ? 夕食にしようか。焼き魚も出来てるよ」


 テーブルに横並びに座って飯にする。


「「いただきまーす」」


 やれやれ、どうにかまともな食事ができるな。明日からはもっと、ちゃんとした飯が食えるように頑張──?


 ガツ、ガツ、ガツ……!


 横を見ると、ミコトが無心で食べていた。


「え? めっちゃ食うやん。いつもそんな食べないのに」


 なんて言ってるそばで、もう野獣のように野菜や魚を喰らい続ける。


「コンソメスープ、明日の朝の分まで作ったとか言ってたよね? なくなりそうなんだけど……」

「あむ! んあむっ! たくさん食って、一から鍛え直しやぁ!」


 き、聞こえてない。魚の骨まで喰いそうな勢いだし。てか、食ってるし……。


「…………」


 俺は俺で、ふと奥のベッドサイドを見やった。


 ごくっ……。


 こ、この後、いよいよ俺たちは……。なんか緊張して来た……。いや、別に何もしないんだが。

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