応援コメント

第1話」への応援コメント

  • うん、うちの長男も色々あるので、すごく苦しんだんだろうなと思います。
    色々な本を読むと良いかもしれませんね。
    私はこういう精神状態の時にリルケの「マルテの手記」を読んで色々と得る所がありました。
    本当に偏差値マウントが取れるような大学に行くと、周囲は主だった文学や哲学書は中高のうちにあらかた読んでたりするので、そういう地力がないと入ってからちょっとしたジョークなどが通じずに寂しい思いをするという人も多々見ましたし。
    もっとも哲学はきりがないので今からなら「ソフィーの世界」を読んでダイジェストだけ知っていればかろうじて話題にはついていけるでしょうが。
    ある程度以上の大学だと、一方的に全てにおいて優れている人というのはあまりいなくて、ほとんどが特定の分野でずば抜けていることで一目置かれている状態になります。
    高校まで「自分だけが何でも知ってる」で来た人は「みんなそれぞれすごい」という状況に耐えられずにやめていったりもしたので、「常に自分の方が相手より知っている:を」求めると間違いなく地獄を見ます。
    「自分の知らない事を知ってる人とつきあうのが楽しい」と思えるようにならないと偏差値70以上の大学は入学してからが厳しいですね。

    作者からの返信

     実は……但し書きはしたのですが、僕偏差値厨でも、学歴厨でもないです。

     偏差値マウントの語は自虐です、これはかなり自分を悪く言い、相手に悪い心象を持たせようとする。「出る杭は打たれる」の言葉が心底腐っていることは承知なのですが、自分もその空気には囚われてしまうので、彼ら、小中高の大抵の奴には言わなくても知性が勝っている、ということを見なくても分かる状態でやってきました。そして、それが辛かった。もちろん、西大和学園などに進学した上はいるのですが、それでもまあ、大抵の奴には勝っていて、じゃあ、東大(本当の、そして、日本の諸悪の根源だと一方的に恨みを抱えている)は行けるか、と言われるとEが出たのですが。
     実際言えば、それでも彼ら(いじめられてるだの陰キャだのいつまでも愚かなと思っている)とやっていかねばならなかった。だから、蠅人間でして……。みつきに言わせれば。なんか、結局目立たぬよう、自分の知っていることを見せびらかさぬように、やってきたんです。

     昔の本はちとは(まあ、ガチ勢にすればほんとにちょびっと)読んでいて分かるのですが、僕は高校から英語のコンプも(まあ偏差値は出ますが、喋れんでしょう)、まして仏語、漢語は無理です。
     事実、そこで、親があそこは変な人(僕としては歓迎するのですが)しかいないから、と言われた時に、東外大をやめよう、と思いました。ここは、かなり弱い所かな、と。

     でも、本当に、コーラス部ではなんもかんもだめだったんですよね。頼みの綱だった、ほぼ既得権益みたいなアイデンティティの偏差値も、上がいました。でも、結局自分はいじめられずに、なんか、そこにいて適当に歌っていました。何かは得たと思います。

     自分の知らないことを知っている人と付き合うのは好きです。一応は読んでますので。ただ、自分が手も足も出ないで聞くのは、正直つらいことがあります。また、あまり人の話を聞くのに慣れてないかもしれない。

     逆に、「そんなことしってるんだ、すごい、やっぱ頭いいね」もかなりの禁句です。こないだのドラマで、「恐竜が絶滅したのには諸説あるよね、僕が信じてるのは隕石説だけど」この言葉だけで発話者を敬遠したキャラがいましたが、やはり辛いものがあります。

     少し、言いたいことをかなり言いました。結構字数が多くなるので、僕のこの返信、コピペして次話にも書きますね。