第227話 ブランド
ブランドものなんて、特に興味は無かった。
どちらかというと、そういった物を持つ事は苦手で、金額が大きくなればなるほど心臓が痛くなる。
だが、世間一般の価値感と自分の価値感はズレているらしく、大人になったのならブランド物の一つくらい持たなきゃ駄目よと叔母に諭され、渋々有名なブランドの財布とバッグを買ったのだ。
金額が高い、良い品物を買うと気持ちが変わるというのは、確かにそうなのだろう。買ったアイテムに相応しいような人間になれるよう、自分自身を高めるようになる。そんな風に言う人も居るし、叔母もその様に言っていたはずだ。
だが、残念なことに、どうやら私にはそれが当てはまら無いらしい。
突然手に入れた高級品。
他の人からは、「コレはまだ安い内にはいると思うよ」と言われても、ゼロが一桁増えただけで無くさないようにしないといけないというストレスが溜まっていく。
バッグを持つ度、財布を開く度、その気持ちはどんどん大きくなっていくのだ。
このアイテムに合うような化粧品を選ばなければ。このアイテムにあうような服を着るようにしなければ。靴も、アクセサリーも、ちょっとした雑貨にしたって【このアイテムに似合うようなものを選ばなければ】という気持ちが強いストレスになり、外出するのも億劫になってしまった。
身につけるものなんて、値段を気にせず楽しみたい。
ノーブランドだって、お気に入りのものであれば大切に出来る。
それが私の価値観なのに、年齢に合わせて強要される異なる考え方に嫌気が差す。
「ねぇ。これってどうかな?」
最近新しくオープンした大型のショッピングモール。その近隣に新しく展開したのは、今、海外でとても注目されているブランド物を取り扱う免税店だ。
新開発と銘打って様々な企業が進出してきているこのエリアは、目立った観光産業のないこの地域にとって、とても重要な意味を持っていた。
そのせいか、他県からの移住者が随分と増えたように思う。
商業施設や居住環境も充実してきたことにより、数年前までは寂れた商店街しかなかった地域が、嘘みたいに活性化した。周りを見ればお洒落な人達で溢れ、買い物を楽しむ人達の財布の紐は実に緩い。
「はぁ……」
場違いも良いところ。私はこの場所がとても苦手で仕方が無い。
「ねぇ。聞いてる?」
それなのに何故この場所に居るのかというと、最近お洒落に目覚めた幼馴染みに、無理矢理連れてこられたからだ。
「こっちとこっちで悩んでいるんだけどさぁ」
確かに。昔から彼女は、可愛い部類に入る子だったのは間違い無い。
学生のころからプチプラコスメや、少し高めで見栄えのよいアイテムを、無理の無い範囲で楽しんでいた。地味な私とは正反対の彼女だったが、決して嫌な派手さと言うわけではなく、どことなく幼さを残しながらも不思議な魅力を纏うような……そんな自分の惹きだし方を知っているお洒落を楽しんでいたように思う。
私はそんな彼女の事を嫌いでは無かったが、ただ一つだけ、苦手だなと感じていることはあった。
「どっちも捨てがたいんだけど、そっちが良いかなぁ?」
彼女は何故か、私と居る時だけとても優柔不断な性格になる。
私以外の人間と出かけるときはこうじゃないのに、何故か私と居る時だけ、必ずこちらの意見を聞いてくる。
私からしてみれば、彼女の欲しいと思うものは私の好みとは合わない。だから私に意見を求められても正直、何が正しいのかが分からない。
それなのに、彼女は必ず私にどうしたらよいのかという選択肢を振ってくる。
こればかりは、どうしても好きになることが難しい、彼女を苦手だと思ってしまう部分だった。
「やっぱりこっちがいいと思ってたんだよねー!」
結局、あの後散々悩んだ結果、彼女は私が適当に答えた鞄を購入した。
「二つ買う必要なんてあったの?」
決して安くない買い物。簡単にそのお金を出せることが羨ましいと感じながらも、私は特に興味も無いブランド品を見ながら苦笑を浮かべる。
「え? だって、二つ必要でしょ?」
買ったばかりの商品を嬉しそうに眺めながら、さも当たり前の様にそう言う彼女は、手に入れた戦利品がとても気に入ったのだろう。上機嫌で鼻歌を歌い始めた。
「だって、一つはあなたへのプレゼントだもの!」
一瞬。彼女が何を言っているのかが分からなかった。
「え?」
「そろそろ誕生日じゃない? だから、ね?」
開封されなかった全く同じ商品は、未だに店のロゴが印刷された手提げ袋の中に収まったまま。
「少し早いけど……誕生日。おめでとう!」
得意げに微笑まれて差し出された気持ちがとても重くて息苦しい。
「あ……ありが……とう……」
予想外に手にしてしまった価値の高い品物に、私はどう返すのが正しいのだろうか。
「今度出かけるとき是非使ってね! お揃いだから何か嬉しいね!」
私にはとても似つかないブランド品。
嬉しいと浮かべる彼女の笑顔が、何故だかとても憎らしく感じてしまった。
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