第226話 アイドル
アイドルなんて、雲の上の存在。
ライブやテレビの観覧、サインや握手会等のイベントに足を運べたとしても、それは常に一時的な事。
一度夢の会場を離れてしまえば、途端に虚しい現実が戻ってくる。
それでも構わない。崇めたい象徴的な存在を心置きなく応援出来るのであれば、それだけで倖せなのだ。
「あーっっ! くそっ!!」
届いたメールはライブチケットの当落通知。今回のスケジュールは残念ながら地元での開催が存在せず、ライブを見るためにはどうしても他県へと遠征しないといけない。他県での参加になると当然、その県に住んでいる県民や近隣のファンも殺到する事から、参加者が多くなれば成る程、チケットは争奪戦となってしまう。
ここ最近は抽選販売が当たり前。少しでも当選確率を上げようと手当たり次第申込をしたものの、倍率はやはり高いようで、中々当選する事が出来ない。これで何度目になるのかすら数えられなくなったチケットの抽選販売は、今回も惨敗となりがっくりと肩を落とす。
「何なんだよぉ…………」
彼女達は、つい数年前までは無名のアイドルグループだった。
偶々地元のショッピングモールで、彼女達のパフォーマンスを見た事がそのグループを知る事になったきっかけ。始めは特に興味も無く、無料で見れるのならと足を止めただけ。ただ、そのステージは思った以上に好印象で、ステージの上で懸命にパフォーマンスを続ける彼女達の姿が、とても輝いて見えたのを鮮明に覚えている。
いつの間にか終わってしまったプログラムに物足りなさを感じながら、無意識に並ぶ物販コーナー。折角だしと記念に一枚CDを手に取り購入する事を伝えると、目の前に居たアイドルの子が、とても愛らしい顔で微笑んで声を掛けてくれた。
「ありがとうございます!」
差し出された手の平は勿論、ファンサービスの一環だ。それでも、あの頃は色々と忙しく心に余裕が持てなかったせいで、人の温もりに触れられたということがとても嬉しくなり、思わず泣いてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
こんな客は迷惑だろう。そう思い「大丈夫」と伝え立ち去ろうと背を向けると、弱い力で引き留められ驚いた。
「良かったらこれ、食べて下さいね」
買ったCDのブックレットに油性マジックで書かれた彼女のサイン。商品と一緒に手渡されたのは、可愛くラッピングされた小さなお菓子の詰め合わせである。
「何があったのかは分からないんですけど、きっと良い事がありますよ。応援しています! がんばって!」
本来ならばこちらが彼女達の活動を応援する立場なのだろう。だが、彼女はそんなことは関係無いと、思わず弱い部分を曝してしまった僕に手を差し伸べ励ましてくれる。
「あ……ありがとう」
昨日までは知らなかったアイドルの女の子。
僕はこうして彼女と、彼女が在籍するグループのファンになったのだった。
推しが出来ると、落ち込んでいた気持ちは前向きになる。頑張っている誰かを応援することで、世の中に『自分は必要な人間なんだ』と認められている気がして安心するからだろう。
あの時に貰ったお菓子は食べてしまったのでもう手元に無いが、ギフトバッグの中に入っていたメッセージカードと、サインして貰ったCDはとても大切な宝物だ。
この数年で彼女の活動を応援するために買ったグッズは部屋の半分を占領していて、定期的にそれらを見ては心の中で小さく「頑張れ」と呟いてしまう。
二年前まで休むこと無く参加していたライブは、一昨年にこのグループがメジャーデビューしたせいか、チケットが取れずに参加も難しくなり、何回か買い逃したグッズがある事が悔しくて仕方が無い。
彼女が有名になる事は喜ばしい。
だが、彼女が遠い人になってしまうのは寂しいと感じてしまう。
複雑なファン心理にスマートフォンを片手に溜息を吐くと、次のライブのスケジュールを確認し、チケットの抽選受付画面を開く。既に覚え込まされた個人情報は、頭の一文字を入れれば直ぐに予測変換で全ての項目が入力されていく。この行為を一体何回繰り返せば、現実としてあの子に会うことが出来るのだろう。
「早く、会いたいよ……」
あの時に僕を救ってくれた可愛いあの子。テレビで頑張っている姿は大分見る機会が増えたけど、それだけじゃ全然足りないんだ。
グッズを沢山買ったって、チケットを沢山抑えたって、あの子にちゃんとこの気持ちが届いているのか不安になってしまう。
送ったファンレターに戻ってくる返事は印刷されたメッセージ。こんなもんじゃなくて、彼女が心を込めて書いたメッセージが欲しいのにと悔しくなる。
「これで……応募は完了だ」
抽選結果は数日後に通知される。届いた受付メールにロックを掛けると、再び手を動かし別の会場の情報を検索する。
「早く会いたいなぁ……」
今度会えたら何をプレンゼントしよう。
僕はいつでも君の事を応援しているよって、分かるように目立つ何かを目印にしよう。
まだ分からない当落に不安を感じながら、次々と申し込み手続きを進めていくだけの単純作業。
いつの間にか大量に届いたメールは開くことが億劫に感じる量。
だがそれもシアワセだと。
大量のグッズに囲まれながら、薄暗い部屋で一人、あの子を思って応援というなの投資を続けることにしよう。
いつか、彼女が…………僕に振り向いてくれる。
その日まで…………
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