第225話 台風

 何となく点けたテレビからは、朝のニュース番組が流れている。その中のお天気コーナーで天気予報士のお姉さんが言った言葉は「早くも台風一号が発生した模様です」という一言。発生場所は随分と南の方で、進路予想も日本に影響は無さそうで。

「台風の発生って……」

 台風が来る時期は夏という固定概念があるせいか、予報士の言葉に違和感を感じてしまうのは仕方ないのかもしれない。

 食卓の上には一人分の朝食。それは作られて然程時間が経っているわけではなく、まだほんのりと温かさが残る。味噌汁は昨日作った残り物。茸と大根がメインで、冷蔵庫で余っていたお揚げをプラスして。具だくさんにしたからこれだけでも結構ボリュームがある。おかずは焼き魚で、昨日安く手に入れることが出来たと母親に自慢されたものだ。炊きたての米は艶があり、良い匂いが食欲をそそる。

「いただきます」

 そう言って軽くお茶で口の中を湿らせると、まずは味噌汁から口を付けた。

 キッチンではエプロン姿の母親が世話しなく動いている。用意しているものは父親と私の弁当二人分。「忙しい、忙しい」が彼女の口癖で、口も手も止まる気配は無い。

 洗面所から響いてきたのは何かが落ちる音で、送れて父親の慌てたような叫び声が上がる。

「母さーん!!」

 こうなることは既に予測済み。そんな雰囲気で母親は溜息を吐くと、キッチンから離れる事無く大声を張り上げる。

「何!? こっちは忙しいの!」

 随分と強い口調のそれは母親の感情を如実に物語っており、少しだけ空気が張り詰め漂い始める不穏な空気。

「そんなこと言わずに、助けてくれよぉ!」

 一向に姿を現さない父親は、未だに洗面所でもたついているのだろう。非常に情けない声を上げながら、懲りること無く母親に助けを求めていた。

「私は今手が離せないの!!」

 それに対して怒りを顕わにするのは母親で。いい加減自分の事は自分でやってくれという感情が漏れ出し居心地が悪い。

「はぁ……」

 別に。両親の仲がとても悪いと言う訳では無い。

 確かにせっかちな所はあるがしっかり者の母親と、のんびりとして温厚な性格の父親の相性は比較的良い方だと、娘の私には見える。だから、こんな風に父親が情けない声を出して母親を呼んだとしても、「仕方が無いわねぇ」と笑いながら彼の元へと駆け付けるのが普段の光景だ。

 だが、これは特定の条件が加わると途端に状況が変わる。

 そう。朝という時間帯だけは、何故かそうならずに険悪な状況へと変わってしまうのだ。

 確かに、朝はとてもやることが多く忙しいのは仕方が無い。せっかちな母親は、いつも以上に「忙しい、忙しい」と繰り返しながらパタパタと動き回っている。私からして見れば、時計を見る限りそんなに切羽詰まったような状況ではないように感じるのに、不思議と母親だけは異なる時間の流れに感じるらしい。父親や私にとっての一秒が彼女にとっては数分に感じてしまうとでも言うのだろうか。だから、「そんなに焦らなくても大丈夫」だとどんなに諭しても、「何か手伝いがあるか」と声を掛けて手助けをしようとしても、母親には何一つ響かないようで頭が痛い。

「これは……今日もまた、始まっちゃうのかなぁ?」

 作業の手を止め洗面所へ向かう母親の背中を見送りながら吐いた溜息。

「台風で天気の影響は受けないのに、ここで別の台風が発生したら意味無いじゃん」

 いつの間にか天気予報は一週間の情報が画面に表示されている。

「げぇ。今日、雨かぁ」

 台風による直接的な影響は受けないといった癖に、縦に伸びる前線がもたらすのは憂鬱な雨で。

「憑いてないなぁ」

 半分ほどに嵩の減った味噌汁を啜りってから繰り返す咀嚼。

「学校……行きたくないや」

 洗面所からは母親の怒鳴り声と父親の必死に謝る声。最悪な一日のスタート。

 食べていた朝食を急いで腹の中に収めると、私は手早く食器を片付け、弁当箱をと鞄を持って家を飛び出したのだった。

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