第224話 回路

 ワタシは、人間のタメに造られマシタ。

 ワタシの仕事は主に、人間のサポートをすることデス。

 人間が出来ない様なことや、人間が生活をし易いようにお手伝いする事を目的として生産されてイマス。

 ワタシ達の姿は、仕事の目的にヨリ、様々デス。人間と同じ形をしたモノや、動物の姿を模したモノ、明らかに機械だと分かる造形のモノも存在してイマス。

 用途に合わせた造形なので、ワタシ達がそれに対して文句を言うと言うことはアリマセン。勿論、ワタシ自身も、ワタシの形について疑問を持ったことは一度もアリマセン。

 ワタシの製造ナンバーは、00000071506−7番で、比較的早い頃に生産されたモデルとナリマス。当時は最新型でしたが、今は型落ちと呼ばれるオールドタイプで、ワタシと同時期に生産された仲間は既に、その仕事を終え、廃棄処理となったモノも多いデス。

 ワタシはというと、購入してイタダイタご主人様がとてもモノを大切にして下さる方でしたので、お爺サマの代から孫のお嬢様に至るまで、ワタシという存在を長く使用してイタダイテオリマス。

 勿論、ご家族の中には、古いモノは処分しろと仰る方もイラッシャイマスガ、ご主人様がその都度、「大切に扱いなさい」とご家族を諭し、ワタシはまだ現役として働く事が可能デス。

 近頃ではメンテナンスの度にパーツが生産修了トナリ、摩耗の激しい劣化パーツに取り換えられる事も多くナリマシタが、それは致し方アリマセン。いつまでも常に良い状態を保ち続ける事が出来るだけでも、有り難い事ナノデス。

 ワタシは本当に、此方に勤めることが出来て倖せだと感じてオリマス。

 とは言え、ワタシの身体を動かしている物は生物が持つ心臓では無く、動力コアと呼ばれる人工物デス。考える事の出来る脳ではなく、始めからプログラムされている人工知能により、最も適切だと思われる答えをパターンとして提示してオリマスし、ワタシの身体自体も様々な機械パーツと電気回路により動きを制御されているモノデス。なので、ワタシ自身、人間の真似をする事は可能でも、人間用に複雑な感情を表現したり、それを理解したりする事は残念ながら出来マセン。

 そのことについてお嬢様から、何度かからかわれたことがアリマスが、ワタシはそれに答えることが出来ず、ただ困った様に眉を下げて笑うことしか出来ませんデシタ。

 そんな様子を見ていらっしゃったご主人様が、その度にお嬢様のことを諭し、優しく叱っていらっしゃるようでしたが、幼いお嬢様からしてみたら、お嬢様と同じような形をしているワタシが人間ではないと言うことが理解できないご様子で。ご主人様の仰っている事が分からないと頬を膨らませて拗ねて居たことを良く覚えてイマス。

 確かに。お嬢様はとてもワタシに意地悪をする事が多かったデス。

 デスガ、ワタシはそんなお嬢様のことをとても大好きではアリマシタ。

 何故なら、お嬢様が本当は、誰よりもお優しい方だと知っておりましたノデ。

 お嬢様が何故、ワタシが人間では無いと言うことを理解したがらなかったのかという理由は、ワタシはずっと気が付いてオリマシタ。

 それは偏に、ワタシの姿が【とても人間に良く似ているモノ】だったからデショウ。

 ワタシの見た目は、実に精巧に出来た模造品デス。衣服を売り出すための表情のないマネキンとは異なり、その動きや動作は一見すると本物と見間違える程デス。

 怪我をして人工皮膚が破損してしまえば、その中に隠された機械の骨格が顕わになりますが、そうで無い限りはワタシが人間では無い事は、滅多なことが無い限り見破られる事はアリマセン。

 また、ご主人様の計らいで、ワタシは機械人形として扱われる事も無く、一人の人間として扱っていただけて居たことも、その事実が分かりにくくなってしまう原因だったのかも知れマセン。ワタシは何度も機械なのでその様に扱って欲しいとご主人様にお願いはしましたが、ご主人様は例え道具だとしても、物には心が宿るものなのだと頑なにそれを受け入れてはくれませんデシタ。

 今となってはそのことがあるお陰で、ワタシは既に使用期限が過ぎているオールドタイプだとしても、未だに現役として働き続ける事が出来ているのデショウ。とても有り難い事だとは感じてオリマス。

 しかし、何事にも終わりという事は存在シマス。

 つい先日、この家の主であるご主人様がお亡くなりになられました。

 遺産相続のお話など、機械のワタシにはとても理解出来るようなものではゴザイマセンので、ワタシはいつも通りお嬢様と二人で大人達の話が終わるのを待ってオリマシタ。

 彼らは周りに聞こえないようにヒソヒソと秘密の話をしているようでしたが、皮肉なことにワタシに搭載されている機械は集音機能が高いお陰で、彼らがどのような話をしているのかは全て聞こえてしまいマス。その殆どは葬儀の進行と、遺された土地や財産の仕分けについての話題デシタが、その中で一つだけ、気になる話題がアリマシタ。

 それは【ワタシの処分をどうするのか】という話題デス。

 ワタシ自身、随分と長く働かせていただきましたノデ、そろそろ廃棄が近い事も感じてオリマシタ。先に述べた通り、ワタシの修理用のパーツは既に、殆どが生産終了となっており、代替えパーツも質が落ちるため頻繁に交換を必要としてシマイマス。どう考えても稼働させるためのコストパフォーマンスは悪く、最新型の物に変えてしまった方が良いというのは、理にかなったお話デス。

 そのことについてはワタシ自身も納得はしてオリマシタノデ、いつ廃棄されても大丈夫なように回路を止める準備だけは進めてオリマシタ。

 ですが、気がかりが全く無いと言うわけではアリマセン。

 今、ワタシの服の裾を弱い力で握りしめているのは、ご主人様がとても可愛がっていらっしゃった孫娘であるお嬢様デス。彼女はまだ成人されるには幼く、ワタシに依存されている部分も大きい状態デス。もし、ワタシが突然彼女の前から消えてしまったトシタラ、お嬢様はどう思われるのデショウカ? 寂しいと感じて下サイマスカ? 哀しいと涙を流して下さいマスカ? ワタシ自身、意外なことにご主人様が居なくなったという事実に心が痛いと感じておりますので、もしかしたらお嬢様も同じように感じてイラッシャルノカモシレマセン。

 デスノデ、ワタシはお互いが納得のいくカタチで別れを迎えようと決意シマシタ。


「お嬢様、此方へ」

 そう言って手を引かれて誘われたのは、お爺さまが使っていた書斎である。

「この鍵を使えば、奥の部屋へと入る事が可能となります」

 目の前には執事の服を纏った穏やかな雰囲気を持つ、一人の青年。

「私をここに連れてきて何がしたいの?」

「それは、後ほど説明致します」

 促されるまま奥に続く扉に近寄ると、電子キーを翳してその部屋のロックを解除する。開かれた扉の向こう側に広がっているのは、余り見慣れない沢山の機械。

「この部屋は?」

 そう彼に問いかければ、彼は優しい笑顔でたった一言「私のメンテナンスを行う為の部屋です」とだけ答えた。

「それでは、此方へ」

 私は彼の言葉に従い、随分と大きな椅子へと腰を下ろす。

「これから何をするの?」

「私の稼働を止めるための処置ですよ」

 手渡された物を彼は「鍵」だと言った。

「停止するための処置って?」

 私はそれを見て思わず唾を飲み込んでしまう。

「私も大分古いモデルになりましたので、そろそろ廃棄される可能性が高いようです」

 彼が何を望んでいるのか。それはその言葉を聞けば明らかだろう。

「だからこれ以上負担にならないように、この辺でお暇させていただきたいと考えております」

 だが、私はそれを受け入れる事がとても怖いと感じてしまう。

「それは……無理だよ」

 その申し入れは受け入れられない。差し出された【鍵】を受け取る事を拒否し、私はそのことから顔を逸らし瞼を伏せる。

「ですが……」

 それを残念だと思っているのだろうか。彼はとても哀しそうに溜息を吐くと、こう言葉を続けた。

「私の維持はとてもお金がかかります。今まではご主人様のご厚意で稼働を続ける事を許していただけましたが、ご主人様が亡くなってしまった今、ご家族は私を維持することを拒否するでしょう。そうなれば私は完全に止まるまで放置されてしまうことになります」

 そこで一端言葉を切った彼は、私の事をそっと抱きしめながら耳元で囁く。

「動けなくなっていく私を見て、お嬢様はどう思われるでしょうか? もし、お嬢様が私の事を哀しみ泣いてしまうのでしたら、私はとても耐えられそうにありません」

 そっと離れていく温かな熱。大きな手の平が優しく私の頭を撫でたあと肩へと下ろされる。

「だから互いに、納得出来る形で終わらせましょう。私はそれを望みます。お嬢様も同じように思っていただけると幸いです」

 一方的な死刑宣告。執行者は鍵を託されるであろう私。命を失うのは目の前の彼で、とても大切な家族であり、友人でもある唯一の存在。

「それは、余りにも身勝手じゃない」

「そうかもしれません」

 だが、彼は私の意見など聞く気は無いのだろう。

「大丈夫です。私の機能が停止したとして、お嬢様が罪の意識を感じる事はございません」

 有無を言わさず握られるのは冷たい金属の感触で。それを手放す事は許さないというように、彼の大きな手が私の手を取り彼の胸元へと誘う。

「大丈夫です。私はただ、機能を停止するだけですから」

 だからお願いします。

 次の瞬間、私の身体は無理に引っ張られるようにして前へと倒れ込んだ。

「…………あ…………」

「…………だいじょうぶ……ですよ…………おじょう……さま…………」

 より深く埋められるのは銀色に光る鋭い金属。それは皮膚を切り裂き、真っ赤な色を垂れ流し衣服を汚す。

「やめて…………いや…………」

「……だいじょうぶ、ですから……」

 何を以て大丈夫だというのだろうか。手には嫌な感触が伝わり、どんどん服は赤く汚れていくというのに。

「私は機械です。人間ではありません」

 そう言って笑う彼はどこまでも狡い人間だと私は睨む。

「だから、役目を終えて止まるだけです。お嬢様が哀しむことはありません」

 言い終わると同時に勢いよく裂かれた皮膚。中に納められている臓器が強く鼓動を脈打つ。

「機械なんかじゃ無いじゃない!!」

 彼はどうして自分の事を【機械】だと思い込んで居たのだろう。

「あなたは人間なのに、どうしてこんなことを……っ」

 確かに彼のパーツは、幾つかは機械のそれと入れ替わってしまっている。

「お爺さまじゃなければ治す事も出来ないのよ! 馬鹿なことをしないでよ!!」

 幼い頃に事故に遭った影響で、欠損してしまった身体のパーツ。それを代用するために一部が機械になっているだけで、彼の大部分は有機物である生物のものだ。それなのに、何故か彼は、今でも自らが機械であることを疑おうとしない。

「やめてよ…………死んじゃ……だめ……」

 早く助けて欲しい。

「やめてよ…………戻ってきてよ…………」

 閉ざされた室内に響くのは悲痛な叫び声。

『大丈夫ですよ、お嬢様』

 そう言って力なく持ち上がる彼の手が私の頬を撫で床に落ちる。

「だめ…………だめ…………」

 どこにも存在しない偽りの生命。


 その回路は動きを止める前に、静かに壊され、砕けて消えたのだった。

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