第217話 偏見

「こんな人だとは思わなかった!」


 これは毎回、関係が壊れる際に言われてしまう一言。

 こちらとしては別に、何かを偽って人と付き合っているわけではないはずなのに、何故か毎回その言葉を投げられ一方的に関係が終わってしまう。

 その度に思う事は、「何を思ってそう思って居たのだろう」という疑問だ。

 そうやって勝手に他人に抱かれた理想像は、少しずつ俺を蝕み苦しめている。


 人付き合いとは実に面倒臭いものだ。


 別に人間自体が嫌いなわけでも、人と関わることが嫌いというわけでもないが、自分の意図しないところで必ず、すれ違いというものが生まれてしまう時がある。

 これは相手との意志の疎通に失敗していると言うことではあるが、互いの価値感が全て綺麗に噛み合うなんて奇跡は、滅多なことが無い限り怒るはずが無い。

 必ずどこかで噛み合わない歯車は存在しており、その欠陥を受け入れられるかどうかで関係性は大きく変わってきてしまう。

 だからこそ自分の知らないところで、『自分では無い自分』が勝手に形作られてしまうのだろう。

 そしてそれは、直接面と向かって接することが出来ない関係であればあるほど、理想の形が大きくなってしまうのかもしれない。


「あなたって良い人だよね」


 そう言って楽しく会話が出来たのはいつまでだっただろうか。

 ネットゲームを通じて知り合ったオンラインだけの関係性ではあるが、少なくとも始めの頃は相手はこちらに好印象な反応しか見せたことは無かった。

 出会いは本当に偶然で、たまたま行ったランダムマッチ。ランクが上がったばかりなのか操作が随分と不安定な事が気になり声を掛けたのが運の尽き。相手からしてみたら、親切にサポートしてくれた俺に好感を持ったらしく、バトルが終わった直後にプライベートチャットの方へメッセージが飛んできた。

 特に断る理由も無かったし、キャラクターの育成状況から考えても今の戦力では心許ないだろうという気持ちから、フレンドとして付き合うことにして数ヶ月。こちらがログインして居るときには必ずコンタクトが入り、頻繁にゲームの時間を楽しむ事も多かったように記憶している。

 始めて音声で通話したときに、思った以上に可愛らしい声だったのは驚いた。

 だが、普段ゲームを遊んでいる友人達とは異なる新鮮さもあり、彼女と会話することは嫌いでは無かった。

 例えこれ以上に関係が進展することは無くても、このまま仲の良い友達として付き合いは続いていくのだろう。

 そう願っていたのは俺の勝手な願望だったのかも知れない。


 いつの頃からか、彼女の態度が余所余所しくなった事に気が付いた俺は、そのことについてさりげなく彼女に尋ねた事がある。

 だが、彼女はとても判断に困る曖昧な答えを返しただけで、そこから数日間ゲームにログインすることが無くなってしまった。

 何が起こったのかが分からないためこれ以上のコンタクトを取ることはしなかったが、ある日、友人からこんな話をされ慌ててネット掲示板の書き込みを確認しにいった。


『あの人、可愛い女性だったら、手当たり次第声かけてるらしいよ』


 書き込まれたゲームのユーザー名は一部が伏せ字にはなっているが、俺を名指しするものであることは明らかで。だからこそ友人が直ぐに気が付き俺に報告が来たのだろう。

 俺としては謂われの無い言いがかりにどうして良いのか分からず混乱してしまう。

 それから数日後、突然プライベートチャットに飛んできたのは一方的な別れの言葉で、そこに書かれたメッセージが気持ちが悪くなるほど見慣れた一言だったというわけだ。


 一体どんな誤解があったからこんな風に言われてしまうのか。

 その理由は未だに分からない。


 ただ、男だからとか、良い人だと思ったとか。そういう勝手な偏見だけで、俺という人間がこうであると決めつけられた事はとても残念で仕方が無い。


 人付き合いは実に面倒臭い。

 何故なら自分にとって、都合の良い部分しか受け入れたくないという人間が実に多すぎるのだから。

 間違う事は許されない。都合が悪くなってしまえば悪者であるとレッテルを貼り付ける。

 だがそこに、その言葉を投げつけた本人が入るということは頭の中に無いのだろう。


 欠陥の無い人間なんてどこにも居ない。

 それなのに、何故…………一方的な理想だけで相手に完璧を求めるのだろう。


 今まで消すことが出来なかった数々のメッセージ。

 プライベートチャットから該当するアカウントを外し、そこに書き込まれたメッセージログを全て消去すると、漸く少しだけ。気持ちが楽になった気がしたんだ。

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