第218話 実況

『どーもー! あんの いとも。でーす!』

 何となくクリックしたURL。

 飛んだ先にあったものは配信者のチャンネルで、数十秒間の広告が流れた後で聞いたことのない名前の配信者が元気よく挨拶をする声が耳に届く。どうやらこのチャンネルの持ち主はゲーム実況をメインとしているらしく、画面の脇に表示されている動画の殆どはゲーム関係の物が殆どだ。

 特にすることも無かったし、どうせ暇だからと言う理由で何となく流して見ていたら、コメントが多い割りにはプレイは思ったよりもスムーズで、トークも割と面白いこともあって中々に好印象。気が付けば一本目の動画は最後まで見終わってしまい、続けざまに二本目の動画の再生ボタンを押してしまっていた。

「結構面白いな、この人」

 作業の合間に音声だけでもと思っていたはずが、三本目、四本目と再生を続ける毎に意識はどんどん動画の方へ向かってしまうから考え物で。買い置きのスナック菓子に身体に悪いエナジー飲料。それをスタンバイしゲーミングチェアに膝を抱えるようにして座り直すと、本格的に視聴モードへと切り替わる意識。装着したヘッドフォンは使用しないマイクを上げて邪魔にならないようにしておき、目への負担を考えて度の入っていない安いブルーライトカットの黒縁眼鏡は掛けておく。

 一時停止していた動画の再生ボタンを押し、手繰り寄せたスナック菓子の封を開け割り箸を使って器用に中身を口に運ぶ。冷蔵庫から出されたエナジードリンクの表面に着く水滴は、缶にまとわりつく冷気のせいでとても冷たく、缶を掴むことで容赦なく奪われる己の体温。それに気付かぬふりをしつつステイオンタブを起こすと、閉じ込められていた炭酸が勢いよく飛び出した。

 部屋中に広がるのは甘い匂いで、このまま飲み続けていると絶対に健康に悪いと分かってしまうのだが辞められない。未だ大丈夫と思ってしまうのは、自分が二十代という年齢の部分に甘えているからだ。

「ふわぁああ……」

 こうやって自堕落な生活をするのもどうせ休日の間だけ。翌日からスーツを着てその他多数の人間に紛れるように現実へと戻っていくのだから、別に良いだろう。そんな都合の良い言い訳に小さく頷きながら流れる動画を見ていると、最近気になっていたゲームの実況に切り替わっていることに気が付いた。

「あ。これ」

 まだ購入に至っていないそのゲームは、二ヶ月前に出たばかりのホラーゲームだ。

 ストーリーとしては良くある話で、山奥にある古い館に遊び半分で訪れた主人公が何ものかに襲われ、そこに閉じ込められるというもの。館を探索しながら手掛かりを探し、追跡者の攻撃をかわしつつここから脱出するまでがメインとなっている。クリアすると追加シナリオが開放されるらしいが、この配信者はどうやら初見プレイなのだろう。メインのシナリオを独特の台詞回しで茶化しながら薦めているようだった。

 ゲームに慣れている人間だと、プレイスキルが無いと自称しながらも、それなりにスムーズにシナリオを進めてくれるからストレスを感じさせない気遣いが非常に助かる。この配信者はどうやらゲーム慣れしているようで、操作ミスは序盤のみに留まり、慣れてくると余り引っかかること無くルートを進んで行ってくれるようだ。それでも最短でクリアするというわけでは無く、適度に寄り道して小ネタを回収はしてくれるようで、そう言う意味でも見て居て飽きない。そうこうしているうちに、気が付けばゲームのメインシナリオは終わり、エンディングテロップとメッセージが流れた後のスコアを発表する画面に切り替わってしまっていた。

「次は、アナザーストーリーか」

 次の動画のサムネールをクリックすると、再び現れるタイトル画面。冒頭でお決まりの挨拶が終わり、ゲーム概要をまとめサイトを参考にしながら説明している配信者が、カーソルをシナリオ選択という文字へと移動させる。追加された新しいシナリオは二つで、メインの主人公と一緒に訪れたサブキャラの視点から書かれているストーリーと、『????』となっていてどういう話なのか分からないストーリーがあるようだった。

「うーわぁ。何か、如何にもって感じの演出だなぁ」

 どちらのシナリオを選択するのかは配信者次第。個人的には中身の分からない方を選んで欲しいと思いながらも、カーソルがどこを叩くのかを辛抱強く待ち続ける。

『うーん……。本当はこっちが先の方が良いんだろうけど、やっぱみんなもこっちの方が気になるよねぇ?』

 二つのシナリオの間で何度も往復を繰り返す白い矢印。

『やっぱ、こっちから先にやっちゃいましょうか!』

 漸く決断に至った配信者が決めたのは『????』というシナリオで、文字の上で止まるカーソルが指のマークに変わると途端に画面は真っ暗に変わる。

「さっすが〜! 分かってんじゃん! この配信者さん」

 タイトル画面に表示された文字だけでは内容が想像出来ない未知のシナリオ。それを選択して貰えたことに思わず高い声が漏れる。乾いた喉を温くなった甘い炭酸飲料で潤すと、袋の中に半分ほど残ったままのスナック菓子を口に運ぶ。真っ暗になった画面には何が映し出されるのだろう。そう思い黙って画面が切り替わるのを待つこと数分。

「…………なにこれ」

 一瞬、エラーが起こったのかと思った。

 何故なら、真っ暗になった画面が、一向に切り替わる気配を見せなかったからだ。

『あれ? 何だ? これ』

 配信者も同じ事を思ったらしく、慌てながらもアプリの再起動を試してみようとする声だけがヘッドフォンを通して聞こえる。

『何だぁ? もしかして本体自体を再起動しないといけないコースか? ちょっ、勘弁……』

 だが、どうやってもアプリを終了することは難しい様で、舌打ちを零したかと思うと申し訳なさそうな配信者の声が耳に届いた。

『すいませーん! どうやらPC、フリーズしちまったみたいでーす。ちょっと再起動しちゃうんで待ってて下さーい!』

 そこで一端音声が途切れる。

「マシントラブルかぁ。まぁ、そういう事もあるよなぁ」

 どうせ編集した物をアップロードしているのだから、直ぐに配信者が戻ってくる、と。この時はそう単純に思っていた。

「……………………ん?」

 だが、真っ黒になった画面はずっとそのままの状態で、途切れた音声が復活する気配も無い。

「まさかネットワークエラー?」

 全く変化の無い画面に不安を覚え新規ウィンドウで検索画面を開き適当にページを表示させるが、どうやらこちらのネット環境に不具合が起こっているようではないようだ。

「何が起こった……んだ……?」

 ならば、配信中に相手にトラブルが起こった戸考える事が自然なのだろう。

「でも、変なの」

 とは言え、編集動画をアップして公開しているのだから、ここまで長い間の不具合を垂れ流す事自体、違和感がある。これも配信者の狙った演出なのかなと思い動画の下に表示されたタイムラインのカーソルを弄って時間操作すると、突然大きな叫び声が耳を襲った。

「うわっ!!」

 余りの怨霊に咄嗟にヘッドフォンを外し放り投げてしまう。

「何なんだよ!!」

 不意打ちの攻撃で痛みを訴える耳を庇いながら画面を睨み付けると、真っ暗な映像の中で何かに抗うようにして叫び声を上げている配信者の実況が続いている。

「……………………」

 お遊びにしては迫真に迫った演技に、ヘッドフォンから漏れる音を耳にしながら次第に感じ始める恐怖。叫び声は次第に嗚咽に変わり、何度も何度も赦しを請い最後に大きな音を立てて再び訪れたのは沈黙だ。

「…………え?」

 そこから先は小さなノイズだけが聞こえてくる。それ以外は何も無く、この動画を止める人間が向こう側に誰も居ないのだろうか。画面も真っ暗なまま何も変化が無い。

「……これって……」

 流石に薄気味悪くなり見ていた動画を止めようと停止ボタンにカーソルを移動させたときだ。


 NEXT PLAY?


 突然真っ赤なゴシック体で、画面いっぱいにそんな文字が現れた。

「っっ!?」

 慌てて動画を止めブラウザを閉じベッドに潜り込むが、煩く騒ぐ心臓の音がとても耳障りで気持ちが悪い。

「くるな……くるな……くるな……くるな……」

 無意識に口から出る言葉は、何かがやってくる事に対しての拒絶。

 そして、俺はその恐怖を感じている対象がなんなのか、無意識のうちに理解してしまっている。


 何故なら俺は、気付いてしまったのだ。


 ブラウザを閉じる本の一瞬の間に、真っ黒な画面に映された気味の悪い真っ赤な笑う顔が映っていたことに。


 それはこちらを見て嬉しそうに目を細めたんだ。

 『次はお前だ』と。

 そう確かに、死を宣告するように。

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