第215話 トランプ
トランプの図柄には、それぞれ意味というものがある。
スペードは剣を。
ダイヤは貨幣を。
クラブは棍棒を。
そして、ハートが意味するものは聖杯だ。
それぞれのカードが示すシンボルは、各々が持つ職業の意味を表している。
例えばクラブ。国を支え、食を支える農民を表すこのカードは、季節の始まりを意味する春を持つ知識のカードである。
ダイヤは作り出された物を世に広げるための商人を表し、より大きく育むための夏を意味する財のカードである。
ハートは広い器で人々を癒す僧侶を表し、実りを与える秋を意味する愛のカードだ。
だから私は、トランプというカードがとても好きである。
ただ、一つ。スペードだけを除いては。
ではなぜスペードだけが苦手なのかというと、このカードがとても強く、そして寂しいカードだからである。
トランプのスペードは【死】のカード。
本来ならばスペードは、国民を守るための騎士を表しているはずなのだが、その手に掲げた剣は守ることよりも奪うことの方が圧倒的に多い。
何故ならそれは、傷つけるための武器であり、命を奪うための道具でもあるからである。
それにより流される血はとても多く、やがて広がり始めるのは死の気配。
傷付き倒れた者達は緩やかに終わりを迎え、赤く染まる大地が腐りゆく肉塊で覆い隠されると、そこら中に腐臭が漂い始める。
それを目的に集まるのが死を纏う鳥で、肉を啄み糧を得るために動く事の無くなった抜け殻へと、我先に集るのだ。
その来訪を告げる不気味に響く鳴き声。それがそこら中に響くことにより、更に強い不安を煽られる。無意識にその場から逃げたくなってしまうのは当然のことだろう。
勿論、肉を啄む鳥たちが生きる為にそうしていることなど頭では理解している。
だがその光景を受け入れられるほど、心はそれを受け止められないのも事実。
結局のところ、私はきっと怖がっているのだと思う。
終わりという先が無い未来と、それにより訪れる凍てつくほどの寒さを纏う冬という存在を。
だが、それを喜ぶ者が居るのもまた事実ではある。
トランプには二枚だけ、イレギュラーなカードも存在している。
どの図柄にも属さない道化を模したそのカードは、所謂ジョーカーと呼ばれるものである。
描かれているのは道化で、その顔は常に笑顔。
どのカードよりも強く、どのカードでも勝つことが出来ないそれは、全てを見通した勇気ある愚か者を意味している。
時には人々を和ませ笑わせる役割を担い、時には真実を告げ審議の意味を問う役目を持つ特別な切り札。それは言い換えると全ての者の秘密を、彼が全て把握しているということになってしまう。
彼が動けば状況が変わる。
それにより訪れるのは誰もが喜ぶ祝福か、全てを失う絶望なのか。
未来の行方が彼によって決まると分かっているからこそ、マークを持つ全てのカードは、ジョーカーを嫌い恐れるのだろう。
そして嗤う道化は常に、死の匂いが付きまとっている。
彼が殺す事ができるのは、王様である。
彼によって暴かれる嘘が、誰よりも強い王様を殺してしまう。
彼が持つ武器はなにも、騎士が掲げる剣などではない。
彼は己で作物を実らせるわけでもなく、金を使って世を動かすわけでもない。
当然愛を持って皆を救うわけでもない彼の武器は、たった一枚の舌だけ。
彼は言葉で人々を動かし、彼の言葉一つで世界が動く。
だがそれは、言い換えれば彼が何処にも属さない哀しい存在だということも意味しているのだろう。
誰からも理解されない笑顔の仮面。
その中で幾ら涙を流しても、彼は笑顔を崩すことを許されない。
私の手に握られているのはたった一枚のカードである。
それはクラブでもなく、ダイヤでもない。当然ハートなんてものはなく、スペードと言った強さも持たない。
私の手の中に在るのは最もイレギュラーな存在のジョーカー。
そして私は仮面を被る。
この図柄の彼のように、あなたの嘘を告げるための道化師として嗤いの仮面を被り、これからこの場で踊ってみせるのだ。
真実を暴く、勇気ある愚か者として。
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