第214話 ペット

「俺さぁ、最近ペット、飼い始めたんだよね」


 そんな風に報告してきた友人は、どことなく無理をした雰囲気で大きな声を上げて笑う。

「まぁ、良いんじゃない?」

 それに特に触れる事もなく、当たり障りのない返事を返したのには理由があった。

 この友人は小学校からの付き合いで親友と呼べる間柄。そんな彼はつい先日、学生の頃から付き合っていた彼女に振られてしまった。

 正直に言えば、その事に付いてとても驚いたというのが本音である。

 何故なら彼とその彼女は、自分の目から見てもとても仲が良く、このまま結婚をするんじゃないかと思って居たからだ。

 実際、彼らの間では何度かその話題が出たことはあったし、彼にしたって彼女にしたって、どちらもその事に付いては前向きな反応を見せていた。

 プロポーズはいつなのかという冗談に対しても、具体的な数字を出して「その目標が達成出来そうになったら」と恥ずかしそうにそう語っていた。

 だからてっきり、このままゴールインするんだと思い込んで居たのだ。

 多分それは僕だけではなく、彼を知る友人の誰もが思って居た事だろう。

 それなのに……一体何があったのだろうか。

 あれほど仲が良かったはずの二人が、突然迎えた破局。理由は将来の方向性が異なっていたという何とも曖昧なもので、どうやら別れてからは一度も連絡を取り合っていないようなのだ。

 それでも共通の友人達にはどちらも普段と変わらない態度で接しているわけだし、彼らが恋人関係を解消し、他人になったという事以外は今までと何も変わらないように見えるのも事実。実に奇妙で不可思議な事ではあったがそれを深く追求するのは野暮だと思い、気になりつつも皆が口を閉ざしている。そんな感じで時間だけが過ぎていた。

 彼女側は別れたことに未練を強く感じている様子はないようで、どうやら次の目標に目指して進んでいるらしい。

 だが、友人はと言うと、やはり別れが響いているのだろう。表面上は平気な振りをしていても、時々見せる僅かな蔭りが如実に彼の精神状態を物語っており、心に負った傷が深いことに僕は始めから気が付いてはいた。

 それでも僕は彼にとって幼馴染みであり友人でしかない。

 彼が失ってしまった存在の代わりになれるわけでもなるつもりもないのだから、こればかりは彼自身が自分で乗り越えるしかないだろうとそっと見守っていたりする。

 そんな彼が今日、唐突に言ってきたのが「ペットを飼い始めた」ということ。

 笑顔自体はまだぎこちないものではあるが、漸く気持ちの踏ん切りが付いたと言う事だろう。そのこと自体は素直に良かったなと喜ぶことにしたのだった。

「で、そのペットはどんな動物なんだよ?」

 ペットと言えばぱっと思い付くものは犬か猫だろう。その他には鳥や魚、うさぎやハムスターとかもあるが、友人は一体どの動物をパートナーとして選んだのかが気になってしまう。

 ひょっとしたらトカゲや蛇などの変わり種だろうか。いや。もしかしたら蜘蛛とかそういうものの可能性もあるかもしれない。

 彼の言葉を待っていると、友人は少し言いにくそうに口籠もりながらも、「とてもかわいい子だよ」とだけ返事を返す。

「それじゃあ分からないよ」

 僕が聞いたのは動物の種類で、可愛いのかどうかではない。今度は具体的に動物の種類を尋ねてみると、彼は口を噤み黙り込んでしまった。

「……もしかして、日本では飼うのが禁止されている動物……とかじゃない……よな?」

 冗談まじりでそう問いかけると、友人は困った様に眉を下げゆっくりと首を振ってみせる。

「……まさか……嘘だろ?」

「いや。飼うのが禁止とかそう言うんじゃなくて、なんというか……」


 どう表現したら良いのか分からない。


 その言葉を聞いて、僕はどう反応を返して良いのか悩んでしまう。

「何言ってんだよ? 珍しい種類の犬とか猫なのか?」

 飼育するために行政に許可を取らなければならないような動物だとしたら、それはそれで正当な手続きを踏めば飼うのは自由だというのに、何故こんなにも歯切れの悪い返答を繰り返されるのだろうか。

 奇妙な会話のすれ違いに段々苛立ちを感じた僕は、つい、勢いに任せてこんな言葉を口に出してしまった。

「可愛いかどうかは見せて貰わないと分からないだろう!? お前の言い方だけじゃわかんねぇよ!!」

 そう言われて友人ははっと顔を上げる。

「そ、それもそうか」

 妙に納得したような表情で小さく頷く友人の手には、最近機種変更したばかりの最新の携帯端末。ディスプレイをフリックしながら探すのは、新しく家に迎えたペットの写真だろう。

「ああ、あったあった」

 どうやら目的の写真は直ぐに見つかったようで、それをディスプレイに表示した状態で彼が携帯端末を僕の方へと差し出す。

「どれどれ……」

 バックライトが消灯する前にとディスプレイに落とす視線。そこに映し出されているものはてっきり、一般的なペットだと、疑う事をせずそう信じていたのかも知れない。

「…………」

「どうだ? 可愛いだろう?」

 僕の隣で嬉しそうに笑う友人が、見せたペットに対しての感想を求めていることは直ぐに分かった。

「……あ……」

 だが、正直に言えば、僕はこれに対してどう返事をしてやればいいのかが分からない。

「何だよ? こんなにも可愛いのに」

 そう言って横から伸ばされた手が指差すのはディスプレイに映し出されているはずのペットの姿。

「こいつ、ここを撫でられるのがとっても好きらしくてよ。こうやって撫でてやるといっつも嬉しそうに擦り寄ってくるんだよな」

 携帯端末の上で居もしないペットにするように行うジェスチャはまるで、甘えん坊の犬を撫でるような仕草ではあるが、僕にはそれがどういう動物に対して行っているものなのかが分からない。

「ほら。見て見ろよ」

 指差された携帯のディスプレイ。

 そこにあるものはただの真っ暗な画面。

 何が映し出されているのかは、幾ら凝視したって分からない。

 だから僕には答えられない。

「こんなにも可愛いペット、何処にも居ないよな? そうだよな?」


 彼は得意げにそう問いかけてくる。

 だが、僕はその言葉に答えてあげることは出来そうにない。


 なぁ……これ……一体、何が映っているんだよ……。頼むから、僕に、教えてくれよ。

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