第206話 アクキー

 キャラクターもののアクリルキーホルダーは、店頭で一目惚れして思わず購入してしまったものだ。

 そのアニメについての知識はにわかで、毎週頑張って追いかけるほど嵌まっているわけでは無い。それでもこのキャラクターだけはデザインが好みで、どうしてもこのキーホルダーが欲しくて仕方が無かった。

 だから思い切って二つ購入したのだ。

 一つは鑑賞用、一つは保存用として。


 同じ物を二つ購入するなんて無駄も良い所。

 そんな風に笑う人間も確かに存在するだろう。

 それでも私にはそのアイテムは二つ必要だった。

 多分、保険が欲しかったのかも知れない。確かにそこに在るんだという安心が欲しかったんだと思う。


 いい年をした大人がキャラクターもののアクリルキーホルダーを大事にしていることに、違和感を感じる人も居るのだろう。実際、この趣味が理解されず小馬鹿にされることは少なからずあった。その誤解を与えた原因は私自身にあるのは分かっている。私がこう言う物を好きだという事をひた隠しにしてきたのが悪いのだから、そのことを責める気にもならない。

 ただ、それを理解して欲しいとは思わなかった。

 誰にだって好きなものはあるし、受け入れられないものは存在している。

 だからこそ放っておいて欲しかった。触れないで居て欲しかった。

 それでも、価値観の違いを許せない人間は居るようで。こうあるべきだという思い込みで一方的に押しつけられた正義で容赦なく切り刻まれてしまう。

 いつしか大好きだったはずの物が苦手に。大切だった宝物は見たくも無いパンドラの箱へと変わっていった。


 それを見つけたのは断捨離を進めていた時だ。

 家の中が手狭になってきたことで、不要品を処分しようと掃除に着手したのが数日前の話。

 思っていた以上に物を溜め込んでいたらしく、買った覚えの無いものや所有していたことを思い出し懐かしくなる物など色々と発掘されていく。その中の一つにあったものが、嘗て私が大切にしていたはずのキャラクター物のアクリルキーホルダーだ。

 二つある内の一つは表面に傷が付き、一部の印刷面が剥がれてしまっている。

 もう一つはと言うとパッケージを開封すらもしていないらしく、未使用の状態で綺麗に残されていた。

 これを見て思い出したのは、手に入れたときの嬉しさと、否定されたときの悔しさだ。

 比率としては後者の方が強く、見た瞬間吐き気を催すほど。

 多分それは、私の記憶として思い出したくないほど辛いものに該当しているのだろう。

 当然、それを恨む気持ちはあった。理由も判らないまま放り出され、答えが得られない状態で長期的に悩むことになってしまったのだから。

 ただ、時間をおいたからこそ分かる事も確かに存在しており、結局の所私自身も、私を否定した相手と同類の人間だったにしか過ぎないとは思う。

 こじ開けたパンドラの箱の中にあったものは希望などでは無く、嘗て私が手放したいと嘆いただけの苦い思い出を映したアクリルのキーホルダー。

 相変わらず印刷されたキャラクターは、所有者に向かって優しげに微笑みかけている。

 可愛い見た目に思わず表情は緩むが、それと同時に涙が溢れてきて止まらない。


 私はあの時にどうすれば良かったのだろう。

 その答えは一生、見つからないまま。


 私はその悩みと憤りを抱えて生き続けていくのだろう。


 それはきっと、このアイテムを手放したとしても消える事は無い。


 もう一度閉ざすのはパンドラの箱。

 願わくば、再び箱が開かれたときに、絶望が希望へと変わっていますように、と。

 そう小さく願いながら、私は嫌いな記憶にそっと鍵をかけたのだった。

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