第195話 表情豊か
私はよく人から『感情が読めない』と言われてしまう。
私自身はきちんと喜怒哀楽を表現しているつもりなのに、私の表情はその思いを裏切って上手くそれを表現する事が苦手だ。
そんなもんだから、付いた渾名は「能面女」。私はそんな渾名がとても嫌いだった。
別に私自身、元々こう言う人間では無かった。
子どもの頃は比較的良く笑う、陽気な子どもだったはずだ。
性格は人懐こくて社交的。人の輪の中心に居ることが多かったように記憶もしている。
そんな私の性格が変わってしまったのは、小学校高学年になったときだろう。
その年に転校してきた可愛らしい女の子。彼女が私の運命を大きく変えてしまったのは言うまでも無い。
彼女と私は百八十度違う印象を持っていた。
私は勝ち気で活発なタイプの人間で、かわいらしさとは無縁の女の子だったのだが、その子は所作が美しくどこをとっても非の打ち所が無い程完璧に近いかわいらしさを持っていた。
ただ、それで厭味な性格なのかと言えばそうでもなく、実に愛らしく笑い話も上手いのだから本当に狡いと思ってしまう。
私と仲が良かった男友達はみんな彼女の虜になり、女友達もいつの間にか彼女の取り巻きとなっている。
別に彼女が嫌いというわけでは無かったが、みんながみんな彼女の周りに集まり褒めちぎって持ち上げる光景は、私には異様なものとして映り気持ちが悪かった。
そのせいだろうか。
私は次第に、クラスから孤立していったのだ。
狭いコミュニティの中で場に属すことの出来ない異端児はどうしても目立ってしまう。
ましてや私は我が強い性格をしていたもんだから、余計に悪目立ちしてしまっていたのだろう。
気が付けば私と仲良くしてくれる友達は誰も居なくなり、クラスの隅で怯えるように小さくなりながら俯く事が必然的に多くなっていく。
そうやって少しずつ、そこに在るだけの空気のような存在になった時、私は表情を作ると言うことが判らなくなってしまった。
耳に届くのは楽しそうな笑い声。
私も真似して笑って見ようと口を動かす。
だが、私の強張ってしまった表情筋は堅く、上手く笑う事が出来ない。
別の日には酷い喧嘩があった。
私も怒りを感じ同じように怒ろうとした。
でも、笑う事が出来ないと感じたときのように、怒りの表情が思い出せない。
哀しいときも、嬉し時も、私の顔は表情を作る事を上手くしてくれない。
そうやって私は、『感情』というもの自体をわすれてしまっていった。
私は今、デパートの催事場やイベント会場で道化師の格好をしたパフォーマーをしている。
私の顔には常に『笑っている表情のペイント』。幸いにも声を発することは殆ど無いため、演じることで私は漸く偽りの感情を表に吐き出す事が出来る。
道化の化粧を剥がしてしまえば、能面女と呼ばれ指をさされた無表情の自分。
もう大分、感情というものを忘れてしまって久しい私の前には、表情豊かに感情を表現するギャラリーの視線。
羨ましい……羨ましい……
どうしたら、私もあの輪の中に入ることが出来るのだろう。
手を動かし形作ったバルーンの犬が、一人の子どもの手に渡る。
「あ」
そこで見たのは、あの子の姿。
私の居場所を奪ったあの子が今、私の目の前で確かに『嗤った』のだ。
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