第192話 野球

 私は余りスポーツが得意では無い。

 だからスポーツで盛り上がっていると、どことなく疎外感を感じてしまう。

 それでも孤立したくないから、必死にそれを楽しんでいるように演技してしまう。

 そんな私の不幸は多分、「それが苦手」だと大きく言えない事なのだろう。

 周りは何故かスポーツが好きで、大きな大会が開催される度話題はそれで持ちきりになる。

 残念ながらルールを知らない私は、ニコニコ笑って適当な相槌を打つだけで、周りの反応を覗いながら面白いと思えない試合に反応を返すのだ。

「今日からリーグが開幕だな!」

 スポーツが好きな仲間の一人がそう言って手を叩く。

「今年は俺が応援しているチームが優勝して欲しいわぁ」

 例年負け続けのチームを推している別の友人がそう言ってがっくりと肩を落とすのは、今年も余り期待してないという気持ちの表れだろう。

「どうかなぁ? 今年もいつもんとこが調子良さそうだけど」

 様々なデータを集めてその内容を解析するのが好きな友人は、チーム別の成績とコンディションをまとめた資料を見ながらそう言って溜息を吐く。

「お前なぁ……」

「僕は最も高い可能性を言っているだけだよ」

 こんな会話をしていても、彼らに共通しているのはその試合を楽しみにしているということである。

「……………………」

 それが実に楽しそうだと感じながらも、私はその話の中に入ることが出来ない。

 気配を殺し、存在を希釈してただそこにある空気に徹しながら話が振られないことだけを必死に祈り続ける。

 幸いにも、彼らは今季のリーグについて話し合い始めたので、私の存在に意識を向ける様子は無い。それにほっと胸を撫で下ろしながら、放置されたままのスポーツ雑誌を手繰り寄せ、やることも無くページを捲る。

「……………………」

 組まれた特集は今注目の選手のもので、どうやらこの記事を担当したライターはこの選手のことが気に入っているらしい。随分と詳しい内容は思った以上にマニアックな情報も含まれているように感じられ思わず吹き出してしまう。

 そうやってダラダラと読み進めていくと、ふと、有ることに気が付いた。

「あれ? これって……」

 慌てて選手のプロフィールを確認すると、そこには随分懐かしい名前が書かれている事に気が付く。

「そうか。こいつ、プロになったんだなぁ」

 小学校時代の同級生。

 特に親しいわけでもない彼にとって、私はただのクラスメイトにしか過ぎなかったのだろうが、こうやって身近な人間が有名人となり頑張っている事に気が付くと、不思議と嬉しくなってしまう。

「頑張ってんだなぁ」

 あの頃はヤンチャばかりしていて先生に怒られていたそいつも、今じゃ立派なプロスポーツ選手。紙面の中ではバッドを握り、格好良くホームランを決めた瞬間が切り取られているのだから、これからの活躍に勝手に期待したいと願ってしまった。

 

 全く興味の無かったスポーツという分野。

 だが、今日始めて、少しだけ野球という競技に興味が沸いた。

 

「ルール。覚えてみようかな」

 所属しているチームを確認すると、丁度今日が試合の日らしい。

 今日は帰宅してテレビのチャンネルを野球中継にしてみよう。

 そしたら懐かしい知り合いが、きっと格好良い姿を見せてくれるはずだから。

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