第187話 ピーク

 どんなことにも、ピークというものは存在している。

 そのスタートや経過速度は異なっていてもそれが訪れる瞬間というものは必ずあるものだ。

 だが、それが長続きするかどうかは様々な要因に掛かっているのだろう。

 そしてそれは、いつからか緩やかに衰退を辿り始める。

 それが完全に停止してしまう、その時まで。ただ、ただ、終わりへの道程を歩き続けるのだ。

 

 目の前にあるものは随分と時代の古い建造物。

 所謂【遺跡】と呼ばれるもので、かつてここで文明が栄えていたことを示す証拠の一つだ。

 そこにどんな文明があったのか。それを詳細に知るには、この遺跡を根気よく調査し続ける必要があるだろう。

 しかしながら、その研究が継続出来るかどうかは予算というものに関わってくる。

 未知の新発見に心が躍ったとしても、それを持続させるためには様々な現実問題が存在しているのだから致し方あるまい。

 それでもここで諦めてしまうという選択肢を選びにくいのには理由がある。

 この地に再び埋もれさせるには惜しい記録は、下手すれば別の人間の手柄として世に提示されてしまうだろう。そうなってくると話は別で、折角の発見を他人に奪われるのは冗談じゃないと、上の人間は必死に交渉を続けている。

 それを横目に眺めるのは出土した石版の一部だ。

 勿論それは、ぱっと見ただけでは何が描かれているのか何て分からない。

 今まで見たことのない言語で綴られたそれを解読するには、様々な言語と照らし合わせ最も近い形の意味から推測を重ねて行くしかないだろう。

 根気の要る作業だなだなんて。そんなことを考えつつ手に持った刷毛で土埃を払っていると、不意に声を掛けられ驚いた。

「なっ……」

 振り返れば見覚えの無い男が一人。背格好から調査員ではなく現地に棲まう人間だと判断出来る。もしかしたら雇い入れた作業員の一人かもしれない。そう思いながら「何の用ですか?」と問いかければ、男は「その石版を見せて欲しい」と手を差し出してきた。

「…………」

 さて。どうするべきだろう。

 現場の指揮を任されているとは言え、最終的な決定権など自分には無い。独断でこの出土品を第三者に手渡すのが良い事なのか、悪い事なのかだなんて判断は、正直どちらとも言い難いではある。

「何故、これを見たがるんだ?」

 だからこそ、敢えてこんな風に意地悪な質問をしてやれば、彼は困った様に眉を下げた後こう答えた。

「もしかしたら、読めるかも知れない」

 果たしてそれは、本当のことなのだろうか。

 疑心暗鬼になるのも無理は無い。彼とは親しい友人でもなければ家族でもない。私と彼の関係はというと、雇用主と作業員。たったそれだけの希薄な関係。だからこそこちらが警戒するのは仕方が無い話ではあるが、それでも「読めない文字が読めるかもしれない」という可能性には、どうしても心が惹かれるものがある。

 暫く悩んだ後、物は試しにと彼に石版を手渡すと、彼は小さく頷いた後で、それをじっくりと眺め始める。数分間の沈黙。そして漸く口を開いた彼が語ったのはこんな言葉だった。

 

 この国は、もうこれ以上の成長は無いだろう。

 全てを得、満たされた人々は、考える事を止め、堕落することを望んだ。

 停止した世界は動く事を諦め、緩やかに停止へと向かい始める。

 哀しいことに私には、それを止める術がない。

 美しき我が都。素晴らしき王国ともてはやされたとて、所詮はそれも砂上の城のようなもの。

 神が戯れに起こす立った一息の風にすら、耐える事が出来ず崩れて消える。

 だが、これもまた、運命というものなのかもしれない。

 それは人々が望んで選んだ一つの道。

 私の願った未来とは異なってはいるものの、これもまた、この国の行く末として定められたものだったのだろう。

 だから私は後悔することは無い。

 己にかけらえた呪いと共に、私はこの国が滅ぶその様を見届けよう。

 そしていつか、遠い未来で。

 私という人間が作った愚かな国の記録が誰かの手に寄り日の目を見る事を願い、私は深い眠りに就くのだ。

 

 その言葉はとても意味深で、しかし、何を伝えたいのかが全く分からない不思議なものだった。

「これは、本当にその解釈で当たって居るのか?」

 情報の精査が出来ない以上、信憑性を疑いながらもそれに思わず期待してしまう自分も要る。

「さぁ、どうでしょうか?」

 彼は文字を読み終わった事で役目を終えた石版を返しながら、困った様に眉を下げ笑うだけ。

「……ただ。一つだけ言える事が有るとすれば……」

 そう言って彼は、何も無い青い空へと視線を向ける。

 

 私はこの壊れてしまった国が、私に取っての罰だったのだと。そう思えて仕方が無いのです。

 

 彼の横顔はとても寂しく、そして哀しいものだった。

 嗚呼。そうか。

 それに気が付いたからこそ、これ以上の言葉は要らないんだと。

 

 私はそう判断し、その石版をそっと机の上に置いたのだ。

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