第185話 刺殺
尖った切っ先は、簡単にその内側へと吸い込まれてしまう。
思った以上に抵抗はなく、その鋭さ故に切り裂かれていく細胞の集合体。
結合されたその繋がりを無理矢理断ち切ると、切断された箇所から逃げ出した赤がその表面を濡らしていく。
嗚呼。そうだ。
こうやって、一つずつ時間を断ち切り、そして…………私は、手に入れるだろう。
【永遠】、と、言う時を……。
足元に白いチョークで描かれた図形は人の輪郭を形取ったようなものに見える。
そう。言ってしまえば力尽きてその場に倒れ込んでいるような姿。
周りには明らかに『何かがあったであろう』ということが分かるだけの痕跡が残されており、それがなんであったのかは簡単に想像が付く。
赤黒く染まったアスファルトと白いライン。
そう。ここは数日前にあった事件の現場である。
こんな場所、望まれても誰も来ないと思いきやそうでもなく、好奇心の強い野次馬や報道を生業としている者、被害者に同情し献花を手向ける為に訪れる者など、思ったよりも人の足は途絶えることが無い。
だた、私の目的はそれとは異なっている。
私は単純に、その現場を確認しに訪れただけである。
私が初めてこの場所を訪れたのは、事件の起こった日のことだ。
目の前で傾く相手の身体は、激しい衝撃でバウンドを起こす。
だが、それは本の一瞬の事で、呻き声を上げながら身を縮ませ痛みをやり過ごす相手に、私はただ、ただ呆気にとられていた。
嗚呼。これは、芋虫だ。
何故そんな風に思ったのかは分からない。
だが、あの時の私は確かに、その人を見てそんなことを考えていた。
倒れる前までは確かに、私はその人のことを一人の人間として認識していたように思う。
だが、大きく傾き地面で蠢くその人を見たときから、私の中でその人は、必死に地べたを這い回る芋虫と同じ物としか認識出来なくなった。
そこで湧いたのは小さな興味だ。
虫の中にも、赤い色は有るんだろうか?
何となくそう思い、それを確かめようと魔が差した。
丁度利き手にはナイフが一本。
まるで予定されていた事のように揃ってしまった状況に、私は背中を押されるようにしてその人目がけて刃先を振り下ろした。
もしかしたら、色々と複雑な感情というものが存在していたのかも知れない。
その人のことが好きだったとか、その人のことを憎らしいと思ったとか。
今までその人から受け取ったものは、全てが幸せというわけでは無かったし、どちらかというと憎しみの方が強く感じる事も多かった。
それでも、それを考える事を放棄してしまうほど、あの時はただ無心に『芋虫の中身』を確かめたくて仕方が無かったのだ。
そして、気がつけば。手に持っていたナイフを肉の間へとめり込ませていた。
手が覚えて居るのは驚くほど手応えの無さ。
その刃が鋭ければ鋭いほど、少ない力でよく切れるというのは本当の事らしい。
まるで吸い込まれるようにしてその人の内側へと消えていく銀色の金属は、生を繋ぐために形成されている組織を容赦無く切り裂きバラバラにしていく。
そうやって裂かれた切れ目から溢れ出てくるのは、予想に反して鈍い赤い色。
嗚呼。この芋虫の血も、やっぱり【赤い】んだ。
それが分かった途端、私は何故か嬉しくなった。
今はもう、その場に無い芋虫の姿。
だが、あの時の光景は、未だに私の目に鮮明に写っている。
一瞬の刹那。だが、それは私の中で永遠に残る色。
あの時確かに、私は【私の中の疑問に対しての答え】を見つけたのだから。
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