第180話 クーポン

 ポストを開けると入っているのは大抵、ポスティングされたチラシが殆どだ。

 頼んだわけでもないのに投函される一方的な親切心は、思った以上に迷惑だと感じてはいる。それでも、それを一端家に持ち帰ってしまうのは、自分自身もポスティングという仕事を経験した事があるからだろう。見もせずに捨てられるチラシに対して感じるのは切なさで、せめて自分くらいはと思いながら、一応は目を通す。だが、情報を眺め終わればゴミ箱に直行するのだから、結局、結果としては見ないことと同じなのかも知れない。

 そんなチラシの中でも、例外的に手元に残される情報もある。

 そう。例えばこの、クーポン券の付いたチラシといったものがそうだろう。

 その日もいつもと同じように、大量のチラシに目を通しながら、古紙のリサイクルに出すために仕分けをしていた。

 大量の印刷物に目を通す時間なんてものは、ほんの数秒あれば良いくらい。情報なんて、紙面で一番大きな面積を占めている部分を見れば、後は見なくても構わない項目が殆ど。最も大きく書かれたタイトルと、それに付随するキャプション。そのタイトルを彩るために配置されている画像さえ見れば、後は迷わずゴミ箱行き。そうやって、一つ一つ処理を続けていたときである。

「…………ん?」

 そのチラシに思わず目を留めたのは、それが飲食店のオープンを告知するものだったからだった。

 チラシに掲載されている内容を見るに、近所に新しく出来る飲食店はどうやら軽くご飯の食べられるカフェスタイルの店らしい。営業時間は朝八時から夜十一時と思ったより長く、モーニング、ランチ、ディナーでそれぞれ価格帯が異なっている様である。

 というのも、どうやら夜の営業はアルコールの提供もあるようで、フードメニューが決められたプレート式から単品を幾つか選んで注文出来る形式へと変化するためのようだ。それでも一応コースメニューは定められているらしく、定額を支払えば数種類の料理と飲み物を自由に楽しめるというプランも用意されていた。

「へぇ。美味しそうじゃん」

 そう言えば最近外食の機会に恵まれていなかったっけ。そんなことを考えながら、そのチラシをぼんやり眺めていると、紙面の下部に設けられていたクーポン券の存在に気付いた。

「わぁ! 結構安く食べられるんだ!」

 開店記念と称した期間限定のクーポン券。どの時間帯にも適用されるそれは、総額から2割引の料金で料理を楽しめるという内容になっている。

「行ってみようかな?」

 偶々見つけた情報に思わず心がときめいてしまったのは、掲載された料理の写真がとても美味しそうに映ったからだ。

 善は急げと友人に出すメッセージ。互いにスケジュールを合わせ、クーポンの使用期限が切れる前にお店に行こうと約束を取り付ける。

 残されたチラシやDMは、まだ大量に机の上にある状態だけれど、こうやって偶にある嬉しい出会いは少しだけ感謝したい。


「さて。今日はどうしようかな?」


 片付けは一端終了。週末の予定のために行う準備。それに直ぐにでも取りかかろうと席を立つ。

 机の上で散らかされた宣伝媒体は、お店のチラシ以外ひとまとめにして保留箱へ。

 外は良い天気だ。今日はこれからショッピングに行くことにしようかな。

 

 ああ。お店に行くのがとっても楽しみだな。

 早く、その日が来ますように。ってね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る