第173話 大人っぽい
子どもだね。
そう言われるのがとても嫌で、ついついやってしまう背伸び。
自分を偽ったところで自分の子どもらしさを消せる訳では無いが、それでも大人の仲間入りが出来たという錯覚は、とても誇らしく感じて嬉しいものだ。
年相応の振る舞いを。
だが、あの頃のあの子は、それを良しとすることが出来なかったのかもしれない。
近所に住んでいた女の子は、大分おませだった記憶がある。
見た目からは想像出来ないほど大人びた言動や行動はまるで、急いで大人になろうと藻掻いているように見えて不安になった。
勿論、相手は他人なのだから、こちらが勝手にそう思うことは失礼な事なのだろう。
それでも、そのアンバランスさは、とても奇妙で違和感の強いもののように感じていた。
それとなく、何故そんなことをするのかと尋ねたことはある。
だが、決まって彼女は「おしえない」と口元を軽く上げ笑うだけで終わってしまう。
そんな彼女の事を両親はどう思っているのかは分からなかったが、その子を見る目が余り好意的ではなかったのは気のせいでは無いのかも知れない。
可愛げの無い子ども。
もしかしたら、そんな風に感じていたのだろう。
そんな彼女だが、たった一度だけ、珍しく年相応の態度をしたことがあった。
その日は、図書館で勉強をしていたため、帰宅がいつもよりも三十分ほど遅くなってしまった。季節の変わり目で日が落ちるのが早く、急いで足を動かし進む帰路。自宅へと向かう途中にある児童公園には、まだ数人の子どもが遊んでいる姿が確認出来る。
「じゃあまたねー!」
砂場で遊んでいたグループの子達が、それぞれサヨナラの挨拶をして別れていく。その中の一人に、例の女の子が存在していた。
「あっ! お姉ちゃん!」
彼女は私に気が付くと、駆け足で近寄ってくる。
「今、帰宅なの?」
その言葉に素直に頷くと、一緒に帰ろうとされる提案。特に断る理由が無かったため、彼女と手を繋ぎ帰ることにした。
帰る途中で交わす会話はいつもの通り少し大人びた内容で、私よりも世情を知っている彼女に感心しながらも、矢張り可愛げは少ないなと感じてしまう。それでも関心させられる事も多い為、私は彼女の弁に相づちを打つことに徹しながら、帰り道を急いでいた。
「あっ」
三叉路に差し掛かった時だ。突然、彼女が立ち止まり、私の手を強く引いた。
「どうしたの?」
「う……うん…………」
驚いて足を止めると、彼女は私の後ろに隠れるようにして移動し、小さく震えてしまって居ることに気が付く。
こんな態度を取るのは珍しいと思いながら、この時の私は呑気にトイレにでもいきたいのかなと考えてしまっていた。
「足、動かして貰えないと帰れないよ?」
私自身も早く帰宅したくて堪らなかったのもあるのだろう。促すようにそう呟けば、彼女は突然大声を上げて泣きだしてしまったのだ。
「え? ちょっ…………まってよ!」
理由も分からないまま泣きじゃくる彼女に、私は焦りを感じてしまう。私が何かをしたわけでは無いはずだが、感じるこの罪悪感は何なのだろう。
「お願いだから泣き止んでよ!!」
追い詰められた故の大声。その言葉に、彼女は怯えるように言葉を呑んだ。
次の瞬間、糸のきれた人形の如く、彼女の身体が後ろに傾く。慌てて手を伸ばし抱き留めると、完全に意識を失い項垂れる小さな身体が腕にのし掛かってきた。
「…………ど…………どうしよう…………」
私が何かしたわけでは無い。だが、彼女の意識は身体だけを残し何処かに消えてしまった。必死に声をかけ続けてどれくらい経った頃だろう。ふっと息を吹き返したように呼吸を始めると、彼女の瞼がゆっくりと開いていく。
「…………よかっ…………たぁ…………」
彼女が目を覚ました事に胸を撫で下ろしたのも束の間、再び私はその場で固まってしまうことになったのだ。
「ここ、どこ?」
「え?」
舌足らずなしゃべり方。それに強い違和感を感じ目を見開く。
「お姉ちゃん、だあれ?」
いつもとは異なる反応に、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「お姉ちゃん、私、ここ、居たくない」
そう言って必死に私の手を引っ張ると、彼女は早く帰ろうと歩き出す。
「ちょっ、ちょっと待って!」
それは、無意識の行動だった。
彼女を引き留めようと止まる足。何故かこのまま帰ってはいけないという漠然とした思い。それに抗うように彼女は私の手を引き、急いでここから離れようと藻掻き続ける。
『その身体を返してあげないと』
次の瞬間、私は自分の口にした言葉に寒気を感じた。
『その身体は、貴方のものじゃないでしょう?』
自分の意志とは関係無く動く口が紡ぐ言葉。
『貴方はもともとここに在ったもの。彼女は貴方に取って代わられた存在。でも、それは、許される事じゃないの』
そう言って彼女の腕を強く引っ張ると、バランスを崩した彼女が私へと倒れ込んでくる。
『さあ。返してあげて。あの子に、あの子の身体を』
「いやぁあああああああああああっっっっっっっっっっ!!」
耳をつんざくような絶叫。再び彼女の意識が途切れ、身体が重力に引かれるように地面の上へと倒れ込む。慌ててそれを抱き留めると、もう一度彼女に声を掛け目覚めを促し様子を見た。
「…………おねぇ…………ちゃん…………」
今度は数秒で開かれる瞼。目覚めた彼女はどちらの彼女なのだろう。
あの日、私は恐ろしくなって、急いでその場から逃げ帰った。
彼女とはあれから何回か言葉を交わすことがあったが、幼い容姿に見合ったしゃべり方をしたのはあの時ただ一度だけ。その後はいつも通りの大人びた言動で、大人から可愛げが無いと溜息を吐かれている。
そして、一年。また一年と、月日は流れる。
今、彼女はその言動に見合った大人と呼ばれる歳を迎えた。
結局、最後まで、子どもらしさを見せる事無く成人という門出に立つ。
しかし、私はふと考えてしまうのだ。
あの時あった出来事と、本当はどちらが本物の彼女だったのだろうかという疑問。
もしかしたら……
ふと、そんなことを考え私はゆっくりと首を振る。
何が本当なのかなんて誰にも分かりやしない。
何故なら…………あの時以来、一度も、真実を暴こうと動く事をしたことがないのだから。
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