第168話 電池

 電池が切れたスマートフォンは、何度電源ボタンを押しても電源が入らない。

 そんなこと当たり前なのにどうしても諦められず、何度も何度も何度もボタンを押してしまう。

 確かに充電はしっかりしたし、家を出る前に確認したときは、電池残量はまだ九割も残っていたはずだ。それなのに、何故、こんなにも早く電池が切れてしまったのだろう。幾ら考えても分からなかった。

 バッテリーの劣化を疑うべきなのだろうが、バッテリーは劣化していないと思う。何故なら、このスマートフォンは最新式で、最近機種変更を済ませたばかりだったから。

 初期設定では電池の消耗も早いため、届いて直ぐに省エネルギーになるように設定しなおしていたから、昨日までは電池の減りも緩やかなグラフになっていた。ここ数日はアプリを新規でインストールすることも無かったし、既にインストール済みのアプリにアップデートが入るという知らせを貰ったわけでも無い。

 それなのに、今日、いきなり、電池の消費が激しくなり、あっという間に電池残量が零になってしまったのだ。

 初期不良なのかもと考えても、生憎店舗も代理店も近くに無いため、それを確かめる術が無い。

 こうなったときに供えて携帯用の充電機とコンセントタイプの充電機のどちらも持ってきては居るが、充電出来そうな店は愚か、碌な建物すら見えないこの環境ではコンセントなんて確保出来る筈もない。充電してきた携帯充電機のバッテリーはというと、こちらも電池残量が無く、繋げて直ぐに充電を示すランプは消灯してしまった。

 こうなると望みの綱は自動車のシガーソケットから電力を得ると言う方法な訳だが、最悪なことにバッテリーがあがってしまったためエンジンがかからない状態なのだ。カーレスキューを呼ぼうにも電話が通じないせいでコールも出来ない状況に、目の前が真っ暗になってしまった。

 そもそも、私は今回の企画に反対をしていた一人だった。

 初めから嫌な予感がしていたため、何としても阻止したかったのに、私の意見など一切無視で計画は進んでしまっていた。

 彼らにしてみれば一夏の思い出。退屈な日々に何か大きな刺激が欲しくて立てた、それだけのイベント毎だったのかもしれない。それでも、その計画は余りにもお粗末で、そして悪質だったのは言うまでも無かった。

 悪ノリが出来るのも学生まで。来年からは社会人だから、羽目を外せるのは今年いっぱい。だからこそ今できることを満喫したかったのは理解出来る。

 それに私が巻き込まれなければ、こんなにも頭を悩ませることは無いのに。

 行きたいならば貴方たちだけで行って!

 そう何度も訴えたのに、あの手この手を使って巧妙に隠された計画は、私を巻き込み今に至る。

 正直に言えば、私は彼らのことを恨んでいる。

 今日、この場に来たりしなければ、巻き込まれなくても良かった災いというものがあったからだ。

 それなのに、彼らは私を巻き込んだ。そして、私一人を残して勝手に消えてしまったのだ。

 この状況に於いて私に出来る事なんて限られたことしかない。運転免許があっても動かすことのできない車。端末だけ持っていても、かけることの出来ない携帯電話。連絡を取る術が無いのだから、この場所に私が居るということを知っている人間は誰も居ない。

 共に来ていたメンバーは、一人ずつ何処かに消えてしまった。多分、もう、この世界のどこにも存在していないのだろうという事は薄々感じている。

 彼らの残した携帯端末も、全て電池が切れ、一つも使えない状態で残されたまま。

 せめて、どれか一つでも、何処かに繋がれば状況を変えることが出来るのに。

 夜までの時間のカウントダウンは既に始まっている。暗くなる前に此処を離れたいのに、どこをどう歩けば良いのかが分からず離れられない。

 お願いだから電源が入って欲しい。

 真っ暗なディスプレイを見つめながら、ひたすらに電源ボタンを押し続ける。

 空っぽになってしまった電池が、奇跡的に息を吹き返す事だけを長いながら、私はただ、夜が訪れるという恐怖に怯えることしか出来なかった。

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