第162話 砂時計
アンティークの砂時計は、とても凝ったデザインをしていた。
計れる時間は経ったの三十分だけど、私はその時計が大好きだった。
ひっくり返す度にサラサラと流れ落ちる細かい砂がとても綺麗で、ずっと眺めていられたから。
そうやって砂時計をひっくり返していると、いつの間にか寝る時間になってしまう。
「この子はまた時計ばかり見て……」
そんな私のことを母親は呆れたように言うけれど、私は一向に気にしていなかった。
それくらい、この時計が大好きだったからだ。
この時計は祖父から貰った大切なものだった。
私は祖父が大好きで、彼の孫の中では一番祖父に懐いていたように思う。
祖父の話はとても不思議なものが多く、どれも独創的で素敵だった。まるでおとぎ話のようなお話は、祖父の柔らかく優しい声で語られると、とても心地良く私の胸に響くのだ。
そんなお話を語るときに使っていたのがこの砂時計。
お話の時間はきっかり三十分。ガラスの中の砂が全部落ちるまで、夢のような時間が続くのがとても楽しくて仕方が無かった。
「このお話は、何かご本にあるものなの?」
一度祖父にそんな質問をした事がある。
「いいや。本にはまとめられていないんだよ」
そう言って祖父は申し訳なさそうに笑ったのが、とても印象深く残っている。
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「お家でも読めるようにしたかったから」
出所の分からないフェアリーテールは、一度聞いたら少しずつ消えてしまう幻のようなもの。心に響いたシーンだけは記憶に残るのに、掴み損ねた小さな欠片はぽろぽろと崩れ砂のように指の隙間から流れ落ちてしまう。
だからこそ、文字として記録されていたものが欲しいとねだったのだが、それは無いと言われがっかりしてしまった。
「そんなに落ち込まないでくれ」
それを不憫に思ったのだろうか。祖父はこんな約束をしてくれたのだ。
「いつか私が居なくなってしまうときには、この砂時計をあげよう。この砂時計はね、魔法の砂時計なんだよ……」
祖父の言った『魔法』が何を示しているのか。あの時は気付かなかったが、それでもこの綺麗な装飾の施された砂時計に、何かしら特別な力があるような気がしているのは否定できない。
「約束だよ」
そう言って互いの小指を絡め誓った小さな約束は、祖父の死を以て叶えられることになる。
祖父の遺産について親族間で何があったのかは分からない。それでも、この砂時計だけは、祖父が約束してくれたように私の手元にやってきた。
初めは祖父が居なくなってしまったのだという事実が受け入れられず、その砂時計を見る度に涙が溢れたものだ。だが、それも時と共に随分落ち着いてしまった。
いつまでも悲しんで居られるわけではなかったし、緩やかに過ぎ去る時間が、少しずつ祖父との思い出をより良い形に変えてくれたというのも大きかったのだろう。
「ねぇ、おじいちゃん」
そして今、私はこの大好きな時計を寝る前にひっくり返す事を、何よりも楽しみとしている。
「今日はどんなお話を見せてくれるのかな?」
その時計は、確かに不思議な時計だった。
まるで魔法がかかったように、砂時計をひっくり返し流れ落ちる砂を眺めていると、様々なドラマが頭の中に浮かんでくるのだ。
それはきっかり、砂が落ちきるまでの三十分の間だけ。
その間に眠りに就くことが出来れば、お話の続きを夢で見ることが出来る。
夢は起きてしまえば覚めたと同時に消えてしまう儚いものだったけれど、それでもこの時間は私にとって特別なものには違い無い。
今日も、また、私は砂時計をひっくり返す。
さらさらと細かい粒子はガラスの中で流れ落ち、砂粒の分だけ新しいストーリーを紡ぎ出すのだった。
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