第157話 アップデート

『このバージョンは最新のものではありません。今すぐ更新しますか?』

 そんなアナウンスに思わず零れたのは溜息である。

 使用感が気に入って入れたアプリだが、頻繁に入るアップデートに「またか」という感情がわき起こるのは、余りにもバグが多いからだ。それさえなければパーフェクト。レビューにはそんな言葉ばかりが書き込まれている。

 無料で使用させて貰っている以上、余り文句を言いたくはないのだけれども、それでも許容出来る事には限界というものが存在していた。

 そして今日もまた。バージョンの更新を促すアナウンスが手元に届いた。


 元々、それほどアプリの質に拘る方ではなかったが、便利過ぎるせいでこの問題を改善する気配が薄いことに苛立ちを隠せない。それならば自身で似たようなアプリを開発すればいいではないかと言いたい気持ちも分かる。しかし、それは畑違いというものだ。

 そもそも、配布されているアプリを使用している時点で、開発という言葉から程遠い人間であることは理解して頂きたい。自ら学ぶ気が無いのかと批判されたら反論のしようもないが、私に取って開発をすると言うことはとても難易度が高いと感じる事で、手に入れたアプリの操作を覚えるので精一杯なのだから、自らのために利便性の高い製品を作り出すことは、夢のまた夢ということなのである。

 だからこそ、必要最小限のパフォーマンスを、感覚的に操作出来るこのアプリは素晴らしいと思うし、長く使い続けていきたいとも考えていた。

 その分、この様に異常なまでの速さで配布される修正パッチはうんざりしてしまうのだ。

「……またか」

 アップデートの知らせを確認するために液晶画面をフリックしメッセージ一覧を呼び出す。最上段に居座るのは、先程見たのと全く同じ文言。気のせいだと思いたかったが、そんなことは一切なく、やはりこれは現実として行いなさいと指示されている事に間違い無い。

 今月何度目になるのか分からないパッチのせいか、スマートフォンの容量は圧迫気味。ここまできたら一度、アプリをアンインストールして、もう一度クリーンインストールし直した方が早いのではとすら思えてくるから気が滅入る。

 Wi−Fiが繋がる環境である事を確かめた後、指示に沿って必要な情報をダウンロード。進行状況を知らせるバーの側には、今回配布されたデータの容量を示す数字が記載されていた。

 一応、定期的にこのアプリに代わるアプリがないかと探してはいるのだが、幾つか触ってみた感触で、やはりこれが一番使いやすいと感じてしまう。いつの間にかアップデートは終了。アプリを再起動すると、見慣れた起動画面が液晶に表示された。

「で、今日のスケジュールは……」

 多機能アプリに設定されているサービスの中で、スケジュール表を選んで表示させると、本日の予定が即座に映し出される。本日向かう先は三件。うち二件は、同じ場所のようだ。

 直ぐにその場所に向かい、指定された時刻まで暇を潰していると、突然聞こえてきたのは大きなブレーキ音だった。

 続けて聞こえる衝突音と絶叫。どうやら事故があったらしい。音のする方へと向かえば、大型のトラックと軽自動車がそれぞれ停車しているのが目に留まる。正面から接触してしまったようで、軽自動車のフロントは無残な姿に。ハンドルを切り危険を回避しようとしたトラックも、制御をうしなったせいか電信柱に衝突し、運転席と助手席の間にコンクリートの柱がめり込んでしまっている。

 懸命に声を掛け救助活動をしているのは通りかかった人間だろう。中には野次馬の姿も伺える。誰かがこの事故を通報したのだろうか。遠くから聞こえてくるサイレンは、こちらに向かって近付いてくるようだった。

 それを横目に足を進めると、血を流して倒れている人の姿が目に飛び込んで来た。

 助け出されたのは一人で、まだ車内に二人存在しているらしい。鼻を突く刺激臭がガソリンからくるものだと気が付いた瞬間、散った火花により爆発音を上げながら軽自動車の車体は激しく炎上し始めた。

 更に混乱する現場は、我先にと逃げ出す人が蜘蛛の子を散らすように走り始める。二次災害の危険性があるためだろう。先程まで救助活動に勤しんでいた人達は、横たわる怪我人を引き摺るようにしてその場から離れようと藻掻く。

 中に取り残された人はきっと、無事では済まないだろうなと思った私は、そっと手を合わせ念仏の言葉を呟いた。

 

 ポケットから聞こえてきた電子音に、私はふと我に返る。


「あ。時間だ」

 スマートフォンのディスプレイに表示されたデジタル数字で時刻を確認した後、私は炎上している車に向かって歩き出した。

 燃えさかる炎は他者を近付けまいと勢いを増すが、私に取っては些細なこと。気にする様子もなく炎に包まれる車内に手を伸ばし、中で焼けている二人の人間からあるものを抜き取る。

「回収完了」

 それは小さな欠片で、それを手に入れれば、もうここには用はない。

 再び取り出した端末で次の目的地の情報を確認しようとアプリを開くと、それは前触れもなく突然落ちてしまった。

 そしてまた。アップデートの通知が手元に届く。

「全く。バグばっかりじゃねぇか」

 帰ったら開発部にクレームを入れて置かねば。そんなことを考えながら、私はまた、アップデートを行うためアプリの更新情報をチェックするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る