第150話 不意打ち

 僕はいつだって不意打ちに弱い。

 極度の怖がりなせいか、ちょっとしたことでも大げさに反応を返してしまう。

 友人達はそれを面白がって僕をからかうのだが、僕にとっては死活問題。本当に勘弁してほしいし止めて欲しいと常に思っていた。

 それでも彼らは僕の意図なんて汲み取ってくれない。隙あらば色んな悪戯を仕掛けてくるから、常に僕の心臓は痛いくらいの鼓動を刻む。いい加減僕も慣れれば良いのだろうけれど、簡単にできる事じゃないからこそこんなにも悩んでいると言うわけだ。

 別に悪戯好きな友人達の事が嫌いなワケではないのだが、何故彼等は、こんなにも僕を執拗にからかいたがるのだろう。もう何年も前から考えている疑問は、未だに解答を得られないまま月日だけが経っていく。

 不思議な事に、こんなにも悪戯をされるからと言って、彼等との繋がりを切ろうと思った事は一度も無い。彼等にとって僕は格好の玩具だったのかも知れないが、彼等自身も悪い人ではなかったし、悪ふざけの度が少し過ぎる程度なのだから、僕さえ我慢しておけば良好な関係は築けるはずだと。勝手にそう思い込んでいた部分もあったのだろう。

 いずれにしても僕にとっては、彼等は良き友であり、悪しき友でもあった。


 僕と彼等の関係が壊れてしまったのはそれから数年後の事である。


 ある日、僕たちは出された宿題を片付けるため近所のショッピングモールへと出かけていた。

 そこで調べるのは店頭に並べられている商品と小売価格について。それほど専門的な内容ではなく、小学校の時にやったフィールドワークのレベルが上がった程度の難易度なその課題は、どの店でリサーチをするのかという指定は特になかった。

 始めはコンビニにしようだのスーパーが良いだの色々意見が出たのだが、最終的には、総合モールで適当な店を探した方が良いという結論に落ち着く。そんなわけで、僕たちのグループはショッピングモールに現地集合したという訳だった。

 駐輪場に自転車を駐めると、早速行動開始。一応宿題をするという名目ではあるが、結局のところ課題の方がオマケで最終的な目的は娯楽施設で遊ぶ事がメイン。さっさと宿題を片付けて仕舞おうと満場一致の意見で可決し、自分でも驚くほどのスピードで僕たちは課題を片付けて仕舞うことに成功した。

 とはいえ、調べ上げた制度なんてざっくりしたもの。男子数人のグループだし、几帳面なタイプの人間が残念ながら不在のため、ノートに気になったことをまとめた位の情報収集しかしていない。

 それでも、宿題は提出するから意味がある。そんな自己解釈で納得した僕たちは、いつの間にかゲームセンターの前に辿り付いて居たのだった。

「じゃあ、行くか!」

 そう言ったのはリーダー格の友人。どうやら彼は、今日から店頭に並んでいるクレーンゲームの景品が欲しかったようで、一目散に目的の台へと駆け出してしまっている。

「仕方ねぇなぁ」

 呆れた声でそう言った友人は、リーダーを追ってクレーン台へ。他のメンバーは最近はまっているという対戦ゲームの筐体へと移動開始。

「えっと……」

 そこで取り残されてしまったのは僕一人で、どうしたらいいのか分からずその場で暫し悩む。

 結局、どちらに向かえば良いのか決めかね、何となくクレーンゲームの方へと足を動かしリーダーの姿を探した。

「お? 来るか? 来るか?」

 筐体の前では丁度、リーダーがクレーンのアームを器用にプライズに引っかけて持ち上げている所だった。ゆっくりと降りたアームが対角状になった箱の角を持ち上げ上がっていく。上手く箱が立ちそのまま回転すれば取り出し口に落ちるだろいうという絶妙な位置。だが、残念なことに半分まで持ち上がった箱は、アームの爪が外れてしまったことにより、再び元の位置に戻ってしまったのだ。

「チクショウ!! マジかよ!!」

 余程この景品がほしかったのだろうか。彼は感情を抑えることなく地団駄を踏むと、心の底から悔しがって台を叩く。

「そんなに乱暴にしたら店員さんに怒られちゃうよ」

 慌てて止めに入ると凄い勢いで睨まれてしまう。

「だったらお前が取ってみろよ!」

 これは完全な八つ当たりだ。それは本人も分かって居るのだろう。だが、どうしても欲しい物を目の前にして、それが取れなかった悔しさを押さえる事は難しいようで。だからこそタイミングが悪い僕の態度が気に入らなかったのかも知れない。

「わ……分かった」

 これ以上機嫌が悪くなると後々面倒くさい事になるのは分かりきっていること。財布の中から五百円玉を取り出すと、一回きりだよと念を押し僕はクレーンを操作し始めた。


 ぐらぐらと動くアームが不安定に揺れる。

 運良く取れればいいのだけれど。そんなことを思いながら、慎重に位置を調整しボタンからてを離す。

 位置は丁度いい感じ。

 あとはそれが箱を持ち上げて取り出し口に落ちてくれれば、僕の仕事は完了する。


 だが、運というものはそう簡単に傾いてくれるようなものでは無いらしい。

 先程のリーダーと同じように、持ち上がった箱はアームの爪が外れたことにより、再び元の位置に居座ってしまったのだった。

「はぁ……」

 始めで言った一回きりという約束のお陰か、リーダーは大きな溜息を吐くと、一度クレーンゲームの台を離れる。友人がその後を追い、僕も彼等の後を追おうとしたところで、点滅しているボタンの存在に気が付いてしまった。

「あれ? もう一回出来る?」

 コインの投入口にある説明を良く見てみると、五百円ワンプレイではなく、五百円でツープレイ出来ると表示されている。

「うーん……まぁ、いいか」

 どうせ取れるはずもないからと適当にボタンを押し、さっさとアームが上がってくれる事を祈りながら待つこと数十秒。

「え?」

 意外にも、小さな音を立てて目的のプライズが取り出し口に向かって落下してしまう。

「う……そ……」

 想定外にも取れてしまったアイテムに、一瞬頭が真っ白になる。急いでリーダーの元に向かうと、何とも複雑そうな表情を浮かべて僕を見る彼。

「こ、これ」

 あげるよ。そう言って手渡されたたアイテムは、彼が喜んで受け取ってくれると信じていた。

「お、おう」

 しかしその反応は芳しくないもので、もしかしたら有り難迷惑だったのかなと思い落ち込んでしまう。

 そこからは少しだけ気まずい空気が流れたものの、ファーストフード店に入る頃にはすっかりその蟠りも解けていて。さっきのお礼だとアイスを奢って貰った事で、僕たちの関係は元通り。十分楽しんだしと帰宅するため駐輪場に戻ってきた。

「じゃあ、僕、こっちだから」

 そう言って自転車に跨ったところでバランスを崩し転倒してしまう。

「いててて……」

 普段はこんな事ないのにどうしたんだろう?

 そう思いながら自転車を起こそうとハンドルに手を掛けると、悪戯な笑みを浮かべたリーダーが車輪を押さえつけるように僕の自転車を踏んでいる事に気が付いた。

「な……何?」

 何が起こったのか分からない。困惑する僕を余所に、彼はこんな事を呟く。

「お前さ。ちょっと調子乗りすぎ」

「どういう……こと……?」

 一瞬、何を言われているのかが分からなかった。

「これ、確かにすげぇ欲しかったんだけどよ。俺が取れなかったことバカにしてる?」

 彼の手にあるのは僕があげたクレーンゲームの景品の箱。

「バカになんてしてないよ」

「嘘つくんじゃねぇよ」

 どうやら、僕の余計なお節介は、彼のプライドを傷つけてしまったようで、喜んでくれたはずの景品は欲しい気持ちが半分と、悔しい気持ちが半分とで素直に嬉しいと言いにくいんだと遠回しに言われてしまう。

「俺は自分で取りたかったんだよ」

 だから両替をしに言ったのに。そう言われた瞬間、何とも言えない複雑な気持ちになった。

「ごめん」

 反射的にそう謝ると、突然彼の足が僕の腹目掛けて飛んでくる。

「ちょっ! やばいって!!」

 慌てて友人がリーダーを止めるが、一度火が吐いてしまった感情は、制御が外れて暴走してしまったようだ。

「痛いっ!!」

 友人達の制止を振り切って、リーダーは僕を一方的に攻める。僕は必死に抵抗を試みるが、圧倒的な劣勢の状態に、身体に残る傷跡が増えていく一方だ。

 そうやってどれくらい蹴られていたのだろうか。

「はぁ……はぁ……」

 やっと怒りが収まったのだろうか。リーダーからの攻撃が止むと、僕は漸く一方的な暴力から解放される。

「……悪い」

 謝罪の言葉なんてとても呆気ない一言。そんな簡単な言葉で済まされるほど、この傷は浅くない。暴力が止まったからといって全身に走る鈍い痛みが消えるわけではないし、僕の受けた屈辱が晴れる訳でもないのだ。

 居たたまれなさか短い謝罪を終えた彼はその場から急いで立ち去ろうとする。

 それを見た瞬間、僕はとてつもない怒りに襲われ彼に向かって走り出していた。


 僕は今、両親と共に彼の元へ謝罪に訪れている。

 あの時、僕が突き飛ばした反動で、彼は転倒し頭を強く打ち付けてしまった。

 その日から彼は、ずっと病院で寝たきりの生活を送っている。

 僕のことを責めるように、心音を示す電子音が一定の速度で音を刻む。

 彼の両親は、恨みや悲しみといった感情を織り交ぜた顔で僕を睨み付けている。


 でも……元はと言えば彼が僕にやってきたことが原因だよね?

 僕はずっと我慢していたんだ。

 だから、僕だけを責めることは間違っているでしょう?


 だが、その声はきっと誰にも届かない。

 僕はまだ我慢をし続けなければならない。

 彼の命が尽きるか、彼が再び目を覚まし僕を赦すと言ってくれる日まで、ずっと……。

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