第149話 夜更かし

 普段なら両親に言われる「早く寝なさい」と言う言葉。

 でも、その言葉を言われない特別な時だってある。

 例えば今みたいな状態の時。こういう特別なイベントの時は、夜更かししても怒られないから最高なんだ。


 夏になると外のイベントが楽しいと感じる季節になる。

 旅行に行くのはもちろん、夏祭りやキャンプ、ドライブ、バーベキュー……挙げれば切りが無いほど盛りだくさん。

 この時期だけやたらと開放的になるのは狡い気もするが、実際長期的な休みが設定されている季節がここなのだから、そうなってしまうのはどうしようもないことなのだろう。

 僕たちの家族も毎年、この時期になると色んな所に出掛けるのが多かった。

 去年は夏休みに入って直ぐに避暑地と呼ばれる場所に旅行に出掛けた。

 その前の年は母親の実家へ里帰り。

 そんな感じで毎年何処かに出掛けているわけだが、今年は父親いたっての希望でキャンプに出掛けることに決まった。

 きっかけはバラエティ番組で流れていた特集。人気の芸人が様々なキャンプグッズを紹介しながら、それらを使ってレビューするというそれを、家族で見ていたのが原因だ。

 元々アウトドアに興味がある方ではあるが、父親以外はこういうことは未経験。唯一の経験者である父親は、昔の血が騒いだのだろうか。番組が流れている間キラキラと瞳を輝かせて食い入るようにそれを見ていたかと思うと、番組終了と同時に「今年はキャンプに行くぞ!」と宣言したのだった。

 家族から反対されるかと言えば特にそう言うことも無く、トントン拍子に決まる今年の夏のプラン。山にするのか海にするのか、コテージにするのかグランピングにするのか。車中泊はどうだ、やっぱりキャンプが良いなど、意見が二転三転はしたものの、大雑把に計画を立てて向かったキャンプ場で、今、こうして、たき火を囲んでいる。

「んっー…………ん」

 楽しい時間は直ぐに過ぎてしまうもの。普段とは異なる大自然の中で味わうものは格別で、少しだけ背伸びして入れて貰った苦い珈琲を飲みながら、家族みんなで夜空を眺めている。

 今回のキャンプは色んな事が初体験で、初日は思った以上に充足感があった。

「お前も初めてにしては中々だったぞ」

 串に刺したチーズを炙りながらビールを煽る父親が、僕のことを褒めてくれる。

「でも、テントを張るの、かなり難しかったよ」

 母親が何となく買ったマシュマロを炙りながら僕はそう答えた。

「お兄ちゃん、中々ペグが安定しなくて唸ってたもんね」

 先に火に掛け程良く焦げ目の付いたマシュマロを口に運びながら、弟がからかうように茶々を入れてきた。

「お前だって変わらないだろ!」

 そんな他愛も無い会話を楽しみながら響く笑い声。バーベキューを終えお腹はいっぱいなはずなのに、こんな風に時間を気にせず夜を楽しむ事が嬉しくて仕方ない。

「ほら、お兄ちゃん。焼けたわよ」

「はーい」

 母親からマシュマロを受け取ると、弟と同じようにその味を楽しんでみる。一口食べて甘くなった口の中を、苦い珈琲でリセット。甘さと苦さがトレードする度、何だか特別感が強くなり思わず表情が緩んだ。

「なぁなぁ」

 何個目かの焼きマシュマロを頬張りながら弟が出してきた提案。

「この後ちょっとゲームやろうよ」

 わざわざキャンプに来てまでゲームかとも思ったが、弟が携帯用ゲーム機をちゃっかり荷物の中に忍ばせているのを知っていたため、その提案に素直に頷いてあげる。

「やった!」

 丁度やっておきたかったクエストがあったんだと嬉しそうにはにかんだ後、弟は一度テントの中へと姿を消した。

「ゲームは良いけど、長時間はダメだぞ」

「はーい。分かってるよ」

 そこからは、弟と二人でモンスター討伐に。パチパチと爆ぜる火の粉が、暗闇の中で輝いて綺麗だった。


「なぁ」

 こんなにも夜更かししたのはどのくらいぶりだろうか。

「起きてるか?」

 既に横になった弟に声を掛けてみると、「起きてるよ」という声が聞こえてくる。

「眠れそうか?」

 その問いに対して彼は「全然」とだけ返してきた。

「目、覚めちまったよな」

「うん」

 とは言え、既に時間は夜中の二時を過ぎた頃。電気も無く炎も消えてしまった暗闇は、怖いくらいシンと静まりかえってしまっている。

「眠くなるまで何か話でもしようぜ」

 そこから先は、どちらかが寝落ちするまで耐久コース。初めは何気ない会話だったのに、段々変な話題に切り替わっていく。弟の気になる相手や、僕の最近はまっている事。友人達との夏休みの予定や、オススメの漫画。ちょっと下ネタも織り交ぜつつそれなりに楽しい時間を過ごしていると、漸く睡魔が訪れてくれた。

「ふわぁぁ……」

 会話が途切れたタイミングで零れた大きな欠伸。

「そろそろ寝るか?」

 隣にいるはずの弟の反応が鈍い。暫くすると寝息が聞こえてきそうな雰囲気に、返事を待たずに瞼を伏せる。音が消えると聞こえてくるのは自らの呼吸音。それに重なるようにして、隣で眠っている弟の呼吸音も聞こえてくる。もう少し……あと少しで意識を手放せる……。そう思った時だ。

「兄ちゃん、起きてる?」

 折角意識を手放せそうだったのに、弟の声で再び眠気が何処かに行ってしまった。

「兄ちゃん?」

 もう少し空気を読めよ。眠れなかった事で感じる苛立ち。弟が僕を呼んでいるが、それに答えることなく無視を決め込む。

「ねぇ、兄ちゃん」

 それでも尚、弟は僕に話しかけてくる。

「兄ちゃん、起きてるんでしょう?」

 いい加減眠りたいのに、何だって弟はこんなにもしつこく話しかけてくるのだろう。僕が無視をすればするほど、弟は「起きてるんでしょう?」「聞こえてるんだよね?」と繰り返しながら近付いてくるのだ。

「……いい加減……」

 もう耐えられない。そう思い文句を言おうと状態を起こした時だった。

「……え?」

 隣には、静かに寝息を立てている弟の姿がある。完全に意識を手放しているため、彼が話しかけてくることは有り得無いと理解した瞬間、その声は直ぐ耳元から聞こえてきたのだった。


「やっぱり起きてるじゃねぇか」

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