第148話 家具
一目惚れして購入を決めたデスクセット。インテリアとしても様になるそれは、リサイクルショップの片隅にちょこんとディスプレイされていた。
随分と年期のある風合いで、使い込まれたオーク材は味わいのある深い色に染まっている。
以前の所有者がとても丁寧に扱っていたのだろう。多少のスレによる細かい傷はあるものの、目立って大きなものは見当たらない。状態だけみても中古にしては思った以上に良好だし、控えめに彫刻された装飾は、控えめながらとても精巧で美しい。
それなのに、この調度品はチェーン店のリサイクルショップに叩き売りの値段で売られていたのだ。
私はこの机を一目で気に入り、値段の交渉をすること無く即決で購入した。正直に言えば、交渉するほど零がついていなかったというのも大きいのだが、それはこの際関係無い。
店舗からレンタルの軽トラックを借り、友人を呼んでその日のうちに持ち帰ったアンティークのデスクセット。今現在の私の部屋ではこの家具は雰囲気がミスマッチ。とても似合わないのは分かってる。でも、この家具はこれから先私の相棒にすると決めた大切な一品なのだ。これを機に思い切って模様替えをしてしまおうと決意し、早速行動に移した。
こうしてみると、溜め込んだガラクタが沢山在る事に気が付き驚いてしまう。普段から物は増やさないように心がけているのに、ついつい増えていく雑貨の数々。分類ボックスを作って必要な物と不必要なものを分別していけば、圧倒的に不必要だと思われる物の方が多くて気が滅入る。でも、それは違った意味ではある意味チャンスでもあるのだ。
「後でこれ、売りに行くとしようかな」
不用品処分のついでにお小遣いが増えるのならこれは幸運なことだと気持ちを切り替えると、この後の作業も大分楽しいと感じられるようになるから不思議だ。
そうやってついつい調子に乗ってしまった模様替えは、このデスクセットを基調としたモデルにガラリと様変わりしてしまった。
家具や雑貨の統一感は勿論のこと、カーテンやベッドシーツなどのカラーリングや、ワンポイントとして選んだ観葉植物に至るまで今までの雰囲気とは全く異なる空間。その中心に在るのは今回手に入れたばかりのデスクセット。この部屋はデスクセットの為に作られた理想の空間と言っても過言では無い状態になったのだ。
暫くは、この作り出した空間がとても心地良い物だと感じていた。
あまり机に向かって作業をする習慣が無かった私ですら、気が付けば毎日この机と向き合い何かしら作業を行うようになってしまっている。そのこと自体はとても喜ばしいことなのだが、特に予定が無くても気が付けばこの机に向かって何かをしている状態になっているのは、些か不思議な気分にはなるのだ。
それでも大して気にも留めなかった。
特に害が有るわけでも無いし、こうやって揃えた家具を堪能出来るのは純粋に嬉しいと感じていたのも理由の一つだ。それはきっと、新しいアイテムを手に入れたからなる一時的な事なのだろう。無意識にそう思い込もうとしていたのは間違いない。
その異変に感じたのは、夜中に目が覚めたときだった。
その日は疲れて帰宅し、家のことを手早く済ませてそのままベッドにダイブ。柔らかなマットレスに身を投げ出すと、直ぐに襲われる睡魔により気を失うように眠りに就いたはずだった。
「…………え?」
急に覚醒する意識に驚き顔を上げると、目の前には真っ白な壁。一瞬、自分の於かれている状況がどうなっているのかが分からず混乱してしまった。
身体の痛みに気が付き立ち上がろうとしたところで、漸く何かがおかしいことに気が付く。
「あれ…………なん……で…………」
ベッドで寝ているのならば起き上がることはあっても、立ち上がるという行動をすること自体おかしい。それなのに、私は今、確かに椅子から立ち上がるために腰を浮かせたのだ。
慌てて振り返ると背後にあるのは倒れ込んだはずのベッド。私が居る場所を確認してみれば、手元にはあのデスクセットの手触りの良い天板の感触がある。
いつの間にここに座ったのだろう。
どんなに考えても移動した記憶が無い。
「気味悪いなぁ…………」
さっと立ち上がると椅子を片付け急いでベッドへと戻る。なるべく考え無いようにしてシーツに包まると、半ば強制的に意識を落として朝を待つことにした。
その日以来、奇妙なことが続くようになった。
私が机を使う用事が無いときでも、気が付けばその机の前に座り呆けている時間が多くなったのだ。
勿論、私自身が望んで椅子に座っているわけでは無い。それなのに、何かに引き寄せられるように一日の内数十分から一時間くらいは、必ず机に向き合いぼんやりとしてしまう。
こうなってくると段々気持ちが悪くなってくるもので、このデスクセットに関して、何かしら良くない噂があるのではないかと疑うようになってきた。
しかし、これは中古で購入した商品だ。
買ってから一ヵ月以上は時間が経ってしまっているし、以前の所有者が誰なのかも分からない。
仕方なしに机を隅々まで調べてみると、引き出しの内側に奇妙な図形が描かれていることに気が付いた。
今、私はこの机を購入したことをとても強く後悔している。
描かれた図形が何で有るのかという詳細はハッキリしなかったが、好奇心で調べた魔術の本に非常に良く似た図形を見つけてしまったためだ。
一目惚れして購入したデスクセットだが、これを所持し続けていると私はきっと、不幸に見舞われるだろう。何故だかそんな気がして堪らない。
近々、このデスクセットを手放す事を検討している。
出来れば、何事も無く無事に、リサイクルショップまで持って行けますようにと願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます