第146話 アミュレット

 店頭で見かけて一目惚れしたペンダント。その模様はちょっと不思議な形をした図形で、綺麗だけどなんだか神秘的な雰囲気をしている。

 こういう独特のアイテムっていうのは、結構スピリチュアルな要素を含んでいる事が多いって聞いたことあるっけ。

 そう言うのを信じている訳ではないけれど、決して嫌いというわけでもなく、どちらかというと興味はある方。だから、店頭で一目惚れしたそのデザインに思わず手が伸び、レジに直行してしまっていた。

「ありがとうございましたー」

 店のロゴがプリントされているクラフトの紙袋。その中に収まるペンダントを、今付けるべきかどうか暫し悩む。幸いにも値段の数字を示すタグは直ぐに外せるタイプで、ハサミを使わなくてもすぐに付ける事ができる。ただ、ポイントとして誂えている図形の部分が、思った寄りもサイズが大きいのだが少し気になっている。普段なら気にしないで付けようとしていただろう。しかし、今日に限ってコーディネートがこのペンダントの雰囲気と合わない気がする。せっかくの新しいアイテムなのに、直ぐにそれを楽しめない事が残念で仕方が無かった。


「うーん……」

 休憩を兼ねて入ったカフェで、最近飲み始めた珈琲の香りを楽しみながらペンダントを取り出し眺める。

「これって、ターコイズかな?」

 パワーストーンはよく見る石くらいしか種類が分からないが、その中でもターコイズは独特の見た目をしているから直ぐに分かる。

 こうやって手に入れたアクセサリーをじっくりと眺めていると、お値段の割には凝ったデザインになっている事に気が付いた。

 デザインとしては、一時期流行ったドリームキャッチャーに良く似ている。シンプルなチャコールのネックストラップに、少し大きめなアミュレット。数色の色で編み込まれた複雑な図形を彩るように、数種類のパワーストーンが散りばめられている。その中で一際大きいのが、中心に位置するターコイズらしき石だろう。

「確か、ターコイズって魔除けの意味もあったような…………」

 昔、テレビでやっていたスピリチュアルな情報を扱った特別番組。夏になると決まって、心霊系と占いものが頻繁に話題に上がり、その中の一つでパワーストーンのことを取り扱っている番組があった様な気がする。

「石には色々な意味があるんです」

 そう言って、如何にもといった感じの占い師の女性が、次々に天然石についての知識を披露しては、観覧席側から感嘆の声が上がっていたのを何となく覚えて居るっけ。特集されていたのは一般的な宝石が殆どだったけど、宝石を眺める以外にも、こんな楽しみ方があったのかとあの時は関心したのだった。

 そして今、そのことを何となく思い出し、こうやって言葉にして呟いた、と。そういうわけだ。

「これ付けたら、最近の不運が改善されたりして」

 そんな都合の良い事はあり得ないと、頭では分かっているつもりなのだが、どうしても運に頼りたいと思う事も実際にある。

 余り深くは考えないようにしていたのだが、どうにもここ数週間運が悪いと感じている自分が居て、正直気が滅入って仕方が無い。そうなった切っ掛けは何だったのか忘れてしまったが、悪天候にあたり、彼氏に振られ、友人に裏切られ、親が入院。幸いにも会社をクビになるとかそういうのは無かったが、立て続けに良くない事が起こっているのだから、流石に何かあるのかと疑いたくもなってしまったのだ。

「これが本当に魔除けになるなら、付けたら運が良くなったりして」

 だからこそ、そんな言葉を呟きたくなったのかもしれない。

「ま、期待するだけ無駄かな?」

 その言葉を呟くのは初めから諦めて居たから。期待すればするほど、それが叶わなかったときのダメージは計り知れないのだから、初めから何も望まない方が楽だと。そんな逃げの意識も大きかった。

 でも。

 不思議な事にこのペンダントを買ってから、私の運は驚くほど好転したのだ。


 私は今、人生において最も幸せな瞬間に居る。

 真っ白なドレスに身を包み、溢れんばかりの祝福を受けて待っているのは最高の時間への扉を開くその瞬間。

 鞄の中にはあの時に買ったペンダントが大切に仕舞われていて、未だにそれは、肌身離さず持ち歩いている。

 随分と薄汚れてしまったけれど、そのアイテムのお陰で私の人生はとても素晴らしいものへと変化したのは言うまでも無い。

 あの時に、このペンダントを買って良かった、と。今なら心からそう思う。

 隣には明日から離れて暮らす事になる父親の姿。扉の向こう側に待つのは、これから共に生きる事になる伴侶となる男性。


 神秘的な事は信じていなかった。

 少なくともペンダントを買うまでは。

 それが例え、説明の付かないような不可思議な力による幸運だとしても、私は今という現実に満足している。

 だからこの先もずっと、あのペンダントを手放す事はないだろう。

 手放してはいけない。


 何となく、そんな気がしてならないのだ…………。

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