第145話 カプセルトイ
子供の頃、コインを握りしめてカプセルトイを買いに行くのがとても楽しかった。
お金を投入し、回るようになったハンドルを時計回りに回す。
独特のガチャ、ガチャ、という音を立てて取り出し口へと吐き出されるプラスチックのボール。
その中に収められている玩具はとてもキラキラとしていて、夢が一杯詰まっていて嬉しかった。
だからこそ、お小遣いを貰っては何度も何度もカプセルトイのあるお店に走ったものだ。
大好きな玩具を見つけると、いつも以上にお手伝いを頑張り、一杯お小遣いを貰ってその全てを注ぎ込むくらいには、本当に好きで堪らなかった。
だが……いつしか、その小さな玩具たちは、夢を与えてくれなくなり、そのうち他のガラクタの中に埋もれていくただの物となってしまっていたのだ……。
そんなカプセルトイだが、最近、気になる商品を店頭で見かけた。
それは、カプセルの中に一つずつ、組み立てるパーツが入っているというもので、ポップには完成図がシルエットしか描かれていない。その形を見ても、どういうものが仕上がるのかという予想はしにくく、ネットで検索しても、このカプセルトイの完成系の写真は残念ながら拝めない状態。こうなってくると、意地でも完成したものを見たくなってくるのがオタク心というものだろう。まずは手始めに。物は試しと投入口に投げる三枚のコイン。ハンドルが回るようになったところで、何も考えずに時計回りにそれを倒す。取り出し口のストッパーに引っかかって止まったカプセルと手に取り開くと、中にあった取り扱い説明書と袋詰めされたパーツを取り出しゆっくりと眺めてみた。
「何だ? これ」
見た感じは、節足動物の足に見える。もしかしたら、出来上がるのは昆虫をモチーフとしたキャラクターのフィギュアなのかもしれない。当然、このパーツ一つだけではどういうものになるのかという全体図が見え無いため、財布を開きもう一度コインを投入する。
二つめのカプセルの中には、同じような形のアイテム。やはりこれだけでは全体図を想像するのが難しかった。
こうなると、余計にどういう物が仕上がるのかが気になってきて仕方が無い。次のコインをと思い財布の中を確認すると、残念なことにカプセルトイに投入出来る小銭が綺麗に消えてしまっていた。仕方無く両替機に向かい、札を小銭に換金して再び回すガチャガチャ。三個目のカプセルになると、身体の一部らしいパーツが漸く姿を現した。
回す度に新しいパーツが手に入るにつれ、不明だった全体像が少しずつ形成されていく。やはりこのアイテムは、甲虫をモチーフに作られているモンスター系のフィギュアで間違い無さそうで、予想している以上にそのクオリティは高く、どういう形で完全体になるのかが楽しみになってきてしまう。気が付いたら財布の中に有ったはずの紙幣は姿を消し、大量のコインへと換金された小銭が、目の前のカプセルトイに容赦無く食べられている状態。貯まった空っぽのカプセルと、その隣で少しずつ肉付けされていくモンスターの姿が周囲の目を集めている。
結局、最後の一個を排出し終わるまで回してしまったカプセルトイは、投入出来るカプセルの数が決められているせいか、そのフィギュアの完成をみることなく打ち止めになってしまった。
「あーあ……残念」
失った物は零のついた数字と重さ。手に入れたのは、完成することのない中途半端な造形物。
これをどうしようかと悩んでいると、奥から店員が現れ新しいカプセルを補充し始めたのだった。
無くなれば次を。また無くなれば次を。
そうやって何度もカプセルを注ぎ足して、漸く見えてきたフィギュアの全体像。
予想に反してそのサイズは大きく、気が付けば成人男性一人分ほどの高さまで迫っている。
まるで動き出しそうなその姿は、見て居て寒気を感じる程に恐ろしい。
気が付けば、何度目かの補充で残ったカプセルはたった一個。
隣にある未完成のフィギュアも、欠けたパーツは最後の一個になっているように感じられる。
「…………」
だが、ここに来て、迷いという物が発生している自分もそこに居た。
何故だか分からないが、コレを完成させてしまったらダメだと本能的に感じている。
完成がみたいという好奇心と、それを完成させてしまったことで起こりそうな不安で揺れる心の天秤。
財布の中に残ったコインは、ガチャを引けるたった一回分の金額の数だけあった。
これは、どうすればいいのだろう。
周りの人間が見せる期待の眼差しが背中に刺さる。
選択肢はたった二つ。回すのか、諦めるのか。
その決断で、己の運命が変わってしまう気がして、なかなか踏み出す勇気が持てない。
どちらを選ぶべきなのか。その答えは出せないまま。
ただ、時間だけが流れて行くのを、虚しく感じていた。
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