第144話 氷

 熱くなると食べたくなるのはかき氷だ。

 大きなブロックアイスが細かく砕かれ雪のように皿の上に降り積もるのを見ていると、いつも期待で胸が高鳴る。

 色取り取りのシロップは、それぞれで異なる味の名前がついていて、その時の気分で何にするか決めるのも楽しみの一つ。それが、夏の楽しみの一つである。

 カレンダーを捲ると、もうすぐ夏休みだ。それをカウントダウンしながら、本日はその前の休日をのんびりと楽しんでいる。

 開け放たれた窓から吹き込む風は生温く、少しだけ湿り気を含んでいる。

 カラカラと回る扇風機の風で、部屋の中に籠もる熱は攪拌されているはずなのに、温められた建物に籠もる熱が上手く逃げていく様子は残念ながら無く、結局手に持った団扇をぱたぱたと仰ぐ始末。

 額に貼ったクールジェルのお陰で、頭部に籠もる熱は大分改善された。それでもその冷却効果にも限界はある。

 音を立てて回る冷却ファンは、微弱の振動音を立ててプログラムを処理し続ける箱の中に貯まった熱を容赦なく外へとまき散らしていた。

「とりあえず、レイドはこれで一端終わりだよな?」

 先程までプレイしていたのは、最近流行のオンラインゲームだった。

 ネット上で知り合った顔も知らないチームメンバー。毎日ゲームをするにつれ、段々と仲良くなり、今では決まった時間にサーバーに集合するのが当たり前。休日になるとそれぞれリアルな生活がある関係でログイン出来ないメンバーもいるが、それでも比較的アクティブに動くユーザーがおおいせいか、いつだって賑わっている状態。だからこそ、こんな真っ昼間からイベントレイドのメンバーを簡単に集められると言うわけだ。

 今回のイベントは時間制限つきの討伐もので、倒した敵の数に応じてボスのレベルが変わっていくシステムとなっている。チームを組んでいるメンバーの殆どは既にレベルがカンストしている程のゲーム廃人のため、気が付けばボスのレベルは三桁に。それでも物足りないと文句を垂れるのだから、相当腕に自信がある猛者ばかりなのもこのサーバーが気に入っている理由の一つだった。

 レイドバトルは時間が決められており、1日の内に参加出来る回数は最大で五回。それはアクセス出来るユーザーのライフスタイルに併せて設定されている運営側の配慮なのだろう。プレイ出来る時間に応じてゲームを楽しんでねという優しさは地味に有り難かった。そうやって本日のレイドバトル三回目が終了したところで、メンバーに一度席を外すと告げ、アプリを終了する。

「……ふぅ」

 気が付けば時刻は昼の十二時を過ぎたところ。感じた空腹感に、何か食べるものが無いかと探す為階下に降りる。キッチンに辿り着くと真っ直ぐに向かうのは冷蔵庫で、適当につまめるものはないかと物色し始めた。

「うーん……」

 しかし、残念な事に直ぐに食べられそうなものはチーズくらいしか見当たらない。流石にこんな小さなチーズの欠片だけで空腹を満たす事は不可能だろう。仕方なしに財布を手に取り外出することを決めると、自転車を引っ張り出し近くのスーパーへと向かう。

 外は予想以上に日差しが強く、気温が高い。熱せられたアスファルトから立ち上る熱気で、微かに起こる蜃気楼。自転車を漕ぐペダルに力が入るのは、少しでも早く涼しい場所に移動したいと願うからだろう。

 やっとの思いで辿り着いたスーパーに駆け込むと、真っ直ぐに目指したのは惣菜コーナー。寄り道なんてするつもりは無く、とにかく買って直ぐに食べられるものを入手する事が目的である。

 惣菜コーナーにはまだ幾らか弁当が残っていたお陰で、一番興味を惹かれた内容を手にしてレジに向かう。会計を済ませ店を出たところで目に付いたのは、かき氷を販売している出店だった。

「かき氷?」

 ひらひらと軒先で翻る『氷』という文字の旗は、この時期には良く目にする光景だろう。どうやらかき氷だけに絞った販売ブースのようで、昔ながらのかき氷器の隣には、色取り取りのシロップのボトルが行儀良く並べられている。

「あ。いいなぁ」

 それを見ていると、何だかかき氷が食べたくなってきた。

 財布の中身を急いで確認して見れば、丁度かき氷一杯分は買えるだけの小銭が残っている。

「すいませーん!」

 ならば考えるよりまず行動。ブースの奥に居る販売員に声を掛けると、彼は団扇を仰いでいた手を止め慌てて接客を始めた。

「はい。なんでしょうか?」

「かき氷もらえますか?」

 注文を入れると、販売員は直ぐに氷を削り始めてくれる。さらさらとカップの中に落ちていく細かい氷。それが少しずつ積み重なって小さな山を形作っていく。仕上げに選んだシロップを掛けたら完成。暑さを忘れたいと選んだのはブルーハワイで、見た目から感じる爽やかな青が火照った身体の熱を緩やかに奪い去っていく。

 かき氷を食べるのなんて本当に久し振りだな……。

 しゃりしゃりと音を立てる氷を噛み砕きながら、その冷たさを堪能してどれくらい経ったのだろうか。

「……あ……れ……?」

 何かがおかしい。そんな風に感じるのだが、何がおかしいのかが分からず混乱する頭。

 止めどなく流れ落ちる汗で服がびっしょりと濡れていく。段々と滲む視界は上手く像を結ぶことが出来ず、段々と足の力が抜けまともに立って居られない。

「え?」

 次の瞬間、視界は大きくぶれ、世界が勢いよく傾いた。

「…………」

 飛び散る氷。溶け出していく何か。倒れた身体が動かず、何が起こっているのか分からない不安が広がっていく。

「あーあ」

 目の前には、先程氷を削っていた販売員の姿。

「これじゃあ、商品として出せねぇな」

 コレは失敗作だ。そう言って販売員の履いていた靴の爪先が顔面に当たったところで、ブツリと意識が途切れ、世界は真っ暗になったのだった。


「また、新しい氷を探さねぇとダメだな」

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