第140話 お菓子のもと
お菓子ってとっても不思議。
だって、こんなにも美味しくて、食べたら幸せな気持ちにしてくれるんだもの。
お店で売っているお菓子は勿論大好きなんだけど、自分で作るのも大好きなの。
でもね、お菓子を作るのって結構大変。
手間と暇が掛かっちゃうし、失敗することもあったりするし。
だからつい、こう、思っちゃうんだよね。
もっと手軽に作れるお菓子のもとがあればいいのにって。
一応、色んなメーカーから簡単に作れる作成キットが販売されてるのは知ってるけれど、もっともっと簡単に作れてとっても美味しいキットがあったら便利じゃない? しかもそれが安いんだったらもっと嬉しいし。
でも、そういうのは中々実現出来ない夢見事。
だから、結局、ある程度の手間と暇をかけなくちゃいけないって、諦めて居たんだ。最近までは。
その作成キットを見つけたのは、本当に偶然だった。
近所に出来たショッピングモール。オープニングセールに誘われ友人と出かけた際、見つけたテナントに展示されたディスプレイに引き込まれ足を止める。何てことは無い、普通の雑貨屋。カントリー風のデザインが温かく、心地良いオルゴールの音楽が流れているのが好印象だった。
友人に一言かけて開始したウィンドウショッピング。お値段は直ぐに手が出せるようなお手軽なものから、ゼロが明らかに多いものまで様々。
元々商品を購入するつもりは無かったから、良い物が見つかれば良いなくらいの気持ちで店内をウロウロ。
そしたら見つけちゃったんだ。
ホントに簡単に作れちゃう、お菓子の作成キットを。
その商品を見たとき正直に思った事は、「嘘っぽい」ってこと。
そんなこと有るわけ無いって思ったから、その反応は当然だと思う。
幾ら簡単に作成できるキットだからって、今までのものはやっぱりある程度の手間暇と、追加で用意する材料というものがあったから。
でも、この作成キットは全然違ったんだ。
これは、コップ一杯の水だけで作る事の出来る、不思議なお菓子作成キットだったの。
そのキットを買おうと思ったのは、タダの暇つぶし。ワンコインで購入出来たし、失敗しても良いかくらいの軽い気持ち。
何か面白いことを経験したかったという好奇心もあったのかもしれない。だから、ものは試しでそれを買って作ってみることにしたのだった。
購入した商品のパッケージを開くと、出てきたのは袋に入った真っ白な粉末と取り扱い説明書。そして、短冊形の小さなチョコ板が一枚。
説明書は実に簡易的なもので、怪しさが全面的に押し出されたような雰囲気がある。
取りあえず粉末を角型トレーに全部移し、説明書の通り短冊形のチョコ板に作りたいと思っているお菓子の名前を削って書くと、それを入れてコップ一杯分の水をかけてみた。
ラップをかけて指定された時間冷蔵庫で寝かせている間に考えること。
『本当にこれでお菓子が出来るのだろうか?』
その不安は当然だろう。騙されたと分かっていても、買ったことを後悔してしまうくらいには、仕上がりに不安が残る作業工程。
まぁ、上手くいかなかったら廃棄するのは決めていたことだし。仕方ないかと自分を納得させて、スマホで最近はまっているアプリゲームを楽しみながら時間を潰す。
セットしていたアラームが鳴ったら、説明書に書かれた作業工程は終了。後は冷蔵庫を開けてちゃんと出来ているのかを確認すれば良いだけ。
恐る恐る冷蔵庫を開けて見ると、そこには想像もしない展開が待っていた。
「…………う…………そ…………」
角型トレーの上に乗っているのは、私が思いついたお菓子そのもの。ふわふわに膨らんだスポンジはちょっと大きな五号サイズで、生クリームをたっぷりつけた真っ白なコーティングで綺麗な姿に変わっている。所々彩りを添える赤い苺。デコレーションされた生クリームのコサージュを添えたそれは、写真で見るような美味しそうなショートケーキに変わっていたのだった。
一体何が起こったのか分からなかった。
でも、確かに、コップ一杯分の水だけで、あっという間にお菓子が出来てしまっているのは、変えようのない事実。
それからは、幾つかこのキットを購入し、何度も何度もお菓子を作れるのかどうかを確かめてみた。
不思議なことに、何度やってもこの方法で、作りたいと思うお菓子を確実に作る事が出来る。
一体どんな原理でそれが実現しているのかが全く分からないが、それでも商品パッケージに描かれていることに嘘、偽りがない。
いつしか私は、狂ったようにそのキットを使って、お菓子を作ることにのめり込んでしまっていた。
そして、遂に完成したのは、長い間、思い描いていた夢の産物。
サイズが大きいため大型の冷蔵施設を借りなければならなかったが、そんなことは些細な問題だ。
購入した作成キットの金額は、レシートの長さを見た時に考えるのを辞めたし、コップ一杯分だけじゃ足りないから、水の量は予め計測してあるし。
そうやって作り上げた完成品を見て、私は誇らしげな笑みを浮かべる。
「漸く……夢が、叶った……」
目の前にはお菓子で作られた大きな建造物。
童話の中に出てくるような、甘くて美味しい夢の建物。
さて……。これをどこに配置しようかしら。
これが色んな人の目に付けば、きっと大きな話題になる。
そしてこの家は、蟻のように群がる人々を、一つ残さず喰らい尽くすだろう。
ああ。今からとても、楽しみね。
それは不思議なお菓子のもと。
この商品に出会えて、ほーんとうに、良かった。
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