第127話 鉄
ここに鉄の塊が一つある。
それはどこから持ってきたか分からないもので、誰が所有しているのかすらも分からない。
ただ、それがそこに在るということだけは、誰の目から見てもはっきりと分かること。
随分と大きなそれは、この場所に於いてとても強い主張を放っていた。
それに気付いたのはいつの頃からだっただろうか。
気が付けば、そこに大きな鉄の塊があるということは、この町の人間なら誰でも知っていた。
だた、先程も述べた通り、いつからそれがここにあるのかと言う具体的なことを言える人間は、残念ながら一人も存在しない。
町の歴史を記録した資料を読みあさっても、保管されている新聞のバックアップを確認してみても、それが此処にあったという最初の記事を見つけることが出来ないからだ。
また、それについては、話す人によって少しずつ内容が異なっている事も興味深いことである。
昔からこの土地に暮らしている年長者に話を聞くと、それは以前からこの土地に在るものだと言うのだが、比較的新しくこの土地に移住してきた中年層の人間に聞けば、それは外部から持ち込まれたものだと答えるのである。明らかに分かる大きな矛盾は、どう考えても時系列的におかしいことだと気が付くものだ。古い記憶の方が新しい記憶よりも根深いはずなのに、何故こんなにも見聞きした内容が異なっているのだろうと首を傾げてしまうほどに。
だからこそ、より詳しい記録をと思い、方々にまで足を伸ばすようになったのだった。
どれだけ時間を費やしても、その謎を紐解く切っ掛けすら掴む事が出来ず何年も時間だけが無駄に過ぎていく。
初めは小さな好奇心だったはずなのに、いつの間にか、それに囚われ躍起になっている自分に気が付き、思わず自嘲が零れてしまった。
しかし、ここまで来たら後には退けないと意地になっている自分も、確かにそこに居るのだ。分からない謎を抱えたまま過ごす事がとても気持ち悪くて仕方ないと。勝手に湧き出てくる探究心がいつも背中を突き早く謎を解けと急かすのだろう。
何年かかっても良い。だから、この謎を解きたい。
いつの間にか、そのこと自体が己のライフワークになってしまっていたことに、この時は気が付く事が出来なかったのだった。
この鉄の塊と付き合い続けて、果たしてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
最近、この鉄について気付いたことがある。
どうやらこの鉄は、少しずつ形を変えているようだということだ。
外にそのまま放置されているため雨ざらしの状態なのだから当然、サビが原因で表層が劣化するのは仕方が無いのだが、少しずつ形が小さくなるのかと思えば全く逆で、年々体積が増え大きくなっているような気がしている。
観察を始めた子供の頃は、その変化が微々たるもので全く気が付かなかったのだが、こうやって何年も継続し観測しつづけていると、それが勘違いなどでは無い事に気が付いた。
ここ数年は録画し経過を記録している。偶々その映像データを整理しているときに、この変化に気が付いたのだった。
初めは当然『気のせい』かと思っていた。
雨ざらしの鉄が成長するなんて話は、一度も聞いたことが無かったから当然だろう。
しかし、映像を確認すればするほど、その違和感がどうしても気になってしまう。
録画の日付順に整理した情報をつなぎ合わせて漸く分かった違和感の正体。
それを否定したくて何度も何度も確認したが、見れば見るほどこれが嘘ではなく現実に起こっていることだと言う事を、嫌でも思い知らされてしまうのだからどうしようも無い。
録画を始めたのが数年前からのため、それ以前の映像資料が残っていないのは残念だが、それでも今まで撮りためた映像で確認すると、その考えは勘違いではないことが間違いないようだ。毎日ほんの少しずつではあったが、それは確かに成長を続けているようだった。
今、この、成長する鉄について私はどう答えを出すべきなのかを思い悩んでいる。
このまま経過を観察し続けたいという好奇心と、この観測を打ち切って全て無かったことにするべきだという危機感。その二つが私の中でぐらついて決断を下すことが出来ない。
ただ、このままでは確実に見てはいけないものを見てしまうのだろうと言うことだけは、何となく分かっている。
設置したカメラは未だに回り続けている。
記録されていくアーカイブ。溜まり続けるデータにカウントされていく時間。
私はいつ、この観測を止めるという決断を下すのだろう。
今はまだ、その時がいつなのかが分からないまま、今日もいつも通り、観測は続いていくのだった。
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