第126話 ストリーミング
リアルタイムで再生される映像は、通信することを止めてしまうと直ぐに消えてしまう。
便利だが手元に残しておくことの叶わないサービスに、定額を支払い毎月利用してしまうのは、それだけ退屈を持て余しているからだろう。
今日もまた、端末を起動してログイン画面と睨めっこ。要求されたIDとパスワードを入力すると、ホーム画面が表示される。ご丁寧にも今までのアクセス記録を取得しているようで、ありがた迷惑的にオススメが表示されているのを簡単にチェックしながら、目的の情報を探すためにデータアーカイブを検索してまわる。まだ配信期間は残っていたはずだからとのんびりしていたのが悪かったのだろうか。
「…………あれ?」
昨日までは確かに触る事の出来た情報が、ホーム画面からも履歴からも一切無くなってしまっていることに気が付いた瞬間流れる冷たい汗。
「…………そんな…………馬鹿な…………」
たかがデータなのだから、別のサービスで同じものを探せば良いと頭ではわかっている。それでも、それをしないのは単純に面倒臭いという気持ちが強いからなのだが、その他にも、全く同じものが他のサービスでも提供しているのかという確証が無いからという理由もある。
「どうしよう」
中途半端なところで途切れてしまった状態に感じる気持ち悪さ。毎日楽しみにしていた分、その落胆も大きく、二度と見ることの出来ない続きが気になって仕方が無い。
「何で突然消えたんだろう」
試しにネットでこのことについて何か情報が無いかと検索してみる。すると、ほんの僅かにだが、同じようにデータアーカイブが削除されていることに対して疑問に感じているという書き込みを見つけることが出来た。
試しに検索履歴の一番最初に表示されている情報にアクセスしてみれば、書き込んだスレッドの主の動揺が見て取るように分かる。
『楽しみにしていたのに、突然履歴やブックマークから消えました。誰か原因を知りませんか?』
それに対して具体的な回答は一切無く、私も同じ状況だ、何が起こって居るのか説明が欲しいという内容ばかりが続いていた。
「やっぱり、突然削除されてるっぽいんだ」
サイト側から何も告知がないため、何かしらトラブルが発生したのだと考えるのが自然なのだろうが、それほどトラブルが起こるような内容だった記憶が一切ないため、そのことが不思議で仕方が無いというのが正直なところ。
「取りあえず、アナウンスが来るまで待つしかないか」
削除されたからには何らかの理由があるのは当たり前。取りあえずは、ヘルプ画面から問い合わせフォームを呼びだし、そこにサービスの停止の理由が知りたいという旨だけを伝え、その日は別のデータを閲覧することにしてそのまま時間を潰した。
そうやって、数日、数週間……と、時間だけが過ぎていく。
相変わらず毎日公式からのアナウンスをチェックしているのに、消されてしまったデータアーカイブがどうなったのかという情報は一切告知されない日々が続いていた。
問い合わせた内容に関しての回答は実に簡易的なもので、『現在、原因を調べております』とだけでそれ以上の情報が無い。
待たされている時間が長くなればなるほど、妙な憶測が広がっていくのは仕方が無いことなのだろう。ネット上では、突然消されたデータアーカイブについて、様々な噂が流れるようになってしまっていた。
その中で最も興味を集めているのは、こんな情報である。
『あのデータは、見た人を自在に操ることが出来るような有害電波が含まれているらしい』
ざっと目を通してみたところ、月間なんちゃらとかで特集されているような質の悪い陰謀説といった感じの内容で、実に下らないような内容になっている。
その他には、あれはリアルタイムで行われているスナッフフィルムで、それがバレたから削除されたのだとか、バリエーションは幾つかあった。
「そんなことよりも、早くどうなっているのかを公式は告知してくれよぉ…………」
もう、何週間もあのデータを見る事のお預けを食らってしまっている状態で、その後にどうなっているのか続きが気になりすぎて、有りもしない情報を毎日検索するようになってしまっているくらいだ。
「頼むから続きを見させてくれよ!!」
苛々した表紙に持っていたマウスを放り投げた時だ。
「…………え?」
突然開いたブラウザ映し出されたのは、サービスを停止してしまっていたあのデータの画面である。
「何で?」
突然配信が開始されたことに驚きながらも嬉しくて思わず二度見をし、それが間違いでは無い事を確かめたところで押した再生ボタン。
ストリーミングは直ぐに開始され、停止していた動画が直ぐに動き出したことに、思わず喜びの声を上げてしまった。
「マジかよ! やったぜ! 最高じゃん!!」
やっと閲覧出来るようになったその映像を食い入るように見ていると、ふとあることに気が付いた。
「あれ? これって…………」
画面の隅に出ている録画マーク。時間は現在のものと全く同じで、それがリアルタイム配信されている者だという事に初めて気が付いた。
「そっか。撮影が出来なくなったから、サービスが一端停止したって……そう言うことかなぁ?」
適当な理由を付けて一人納得した後、そのまま視聴を続けていると、突然家の外から悲鳴が聞こえてきたのだった。
「え?」
いや。まさか。
そんなはずは無いと頭を抱える。
「これ、モキュメンタリーだよな?」
意図的に作られた紛い物だからこそ楽しめる娯楽。そう思っていたのに、リアルタイムで進む映像がそれを否定しているような気がして何だか怖い。
『ぎゃあああああああああっっっっっ!!』
家の外から聞こえてくる絶叫と、映像を映し出す機械の中から響く叫びが呼応して重なるのは偶然なのだろうか。
そっと下げるボリューム。ミュートになった状態で耳を澄ませてみると、やはりその声が気のせいではないことが嫌と言うほど良く分かる。
もしかしたら。
それは最悪な想定。それが現実にならない事を願い乍ら、ただ、ストリーミングされた映像を見守ることしか出来ない。
映像が動く度、息を潜めてこっちに来ないことをただ祈り続ける。
それはただ、退屈を埋めるための娯楽だったはずだ。
確かに楽しみにしていたのは否定しないが、こう言う展開を望んで居たわけではない。
リアルタイムで流れる画面の向こうの世界と、今部屋の中で奮えている自分がリンクするまでのカウントダウンは、もしかしたら既に始まってしまっているのかも知れない。
できるだけ音を立てないようにそっとパソコンへと近付くと、そっとブラウザを閉じ電源を落とす。
頼むから、今起こって居ることが全て夢であってくれ!
そう願いながら、部屋の隅でそっと息を殺し震えながら、家の外から聞こえてくる悲鳴が止むのを待つことしかできなかった。
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