第125話 承認欲求
『嘘つき』。
それが、あの子に対して思う正直な気持ちだ。
あの子はいつだって『良い事』しか言わない。それはとても耳障りの良い戯れ言で、それに沢山の賞賛が送られることも多いが、実際にはただの『都合のよいこと』にしか過ぎない。
私がそれに気付いたのは、あの子と知り合って随分経ってからのことだ。
だから当然、私も始めはあの子の戯言に騙されていた部類の人間だった。
私が何故、あの子の耳障りの良い言葉に興味を持ったのかというと、共通の趣味を持って居たからだ。
あの子とはネット上で知り合った関係で、お互い顔も本当の名前も知らない間柄。ただ、共通の趣味があることだけが、二人を繋ぐ唯一の繋がりである。
私達は互いに敗北者だったせいか、共に傷を慰め合い、目標を立てて試行錯誤を繰り返していた。確かにそれを苦しいと感じる事は多かったが、私はその足掻きが嫌だとはそれほど感じていなかったことは、先に伝えておこうと思う。何故なら、こうやって地味に積み重ねることで私の中で少しずつ何かが変わっているという実感を感じる事が出来ていたからだろう。
それは決して簡単な道ではないが、それでも私は焦ることはしなかった。
最短で結果を残したいのならば焦る必要があったのかもしれないが、私に取ってその趣味はあくまでも片手間で出来ることという条件が前提であったため、それで良いのだと始めから割り切っていたのも理由の一つだ。
だが、私とは異なり、あの子はそうではなかったようである。
あの子にとってその趣味は、人生をかけるほど大きな理由を持つものだったらしい。
あの子が夢見ていたのは多分、一攫千金のような大きな幸運。だからこそ、思い入れが人一倍強くなってしまっていたのだろう。
それを羨ましいと感じる反面、ある意味ではとても憐れだとも感じている。
だが、私がそれを理解する理由は残念ながら無い訳だし、出来た溝を修復するつもりも一切なかった。
私があの子に対して違和感を持つようになったのは、あの子の考え方が少しずつ私の意見と食い違うようになったからだった。
互いに頑張っていた頃は、多少卑屈になったとしても、お互い前向きに目標に向かって突き進んでいたように思う。
いつの頃からだろう。
あの子が『都合の良い言葉』しか受け取ろうとしなくなってしまったのは。
本来、人は誰しも承認欲求というものを持って居るのだから、自分の事を認めて貰いたいと思うのは当然のことである。
それでも、その欲求の強さは人に寄って異なるのだろう。
どこまでも狡い私とは異なり、あの子はその欲望に忠実だったのかもしれない。
一つの嘘が周りの注目を集めると、次から次へと偽りが増えていく。
それはまるで、見た目を整えたイミテーションのように、一見すると美しく煌めく宝石のようなもの。
しかし、その本質は、何処までも本物になれない紛い物にしか過ぎない。
今のあの子に対して思うのは、そんなことばかりだ。
そして今日、あの子は遂に決断を下した。
あれほど仲が良かったはずなのに、関係の終わりなんてものは実に呆気ない。
あの子を認めてあげられなかった私を、あの子は許す事ができなかったのだろう。
あっさりと告げられた別れに、呆れて言葉も出て来なかった。
誰よりも近い距離で支え合っていたと思っていたのは、私の方だけだったのかもしれない。
それでも、その関係を清算出来た事を、私は素直に喜ばしいと感じている。
もう、未練なんてものは無かった。
だから決して振り返る事はしない。
最後に一言だけ、私はあの子にこう伝える。
「いい加減にしないと、いつか取り返しの付かないことになるよ」
もっと良い言葉があるだろうに。そう思われても仕方が無いが、これは私なりの親切だ。
それをどう受け止めるかはあの子次第。
これから先の事は、私には一切関係ないのだから、好き勝手にやれば良いと私は思う。
大きく育った承認欲求という化け物が、いつかあの子を完全に呑み込むのだろう。
周りに群がる道化師の中で、本当のあの子を見つけて手を差し伸べてくれる人が居るならば、もしかしたら救われるのかも知れないが、あの子自身が気付かない限り、それは絶対に有り得無いと感じてしまう。
でも、これは全て、あの子自身が望んで良き寄せた結果論。
この先、私とあの子は赤の他人となる。
パソコンの中に保存されていた、大量のあの子のから貰ったプレゼントというデータを、一つ一つ消去しながら、私は思い出に区切りを付けていく。
さようなら。大切な友達。
あなた、最後まで嘘つきだったね。
大きく大きく嘘を育てて身動きが取れなくなる前に、あなたの中の化け物が消えてくれることを願っているよ。
でも、私はそれをあなたに伝える事はしないと思う。
だって、あなたはそれを望んで居るわけじゃないから。
書きかけたメッセージ。文章が完成する前に完全に消去したら、関係の整理はこれでお終い。
気分転換にと持ったカメラは、結局一度もシャッターを切ることがなく、そっと机の上へと戻されれた。
背後には、既に真っ黒になってしまっている液晶ディスプレイ。
もう、あの子へと繋がるメッセージをこちらから送ることは二度とないだろう。
そう思うと、ほっとしたと同時に、どうしようもないやるせなさが胸を締め付ける。
いつの間にか頬を伝う涙。
それはゆっくりと小さな雫へと変わると、ぽたりと足元へと落ちたのだった。
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