第124話 雑音
いつからその音を聞き始めたのだろう。
何がきっかけでその音が聞こえるようになったのかは覚えて居ない。
ただ、その音は常に私の周りにつきまとっている。
実に耳障りでしょうがないのに、何処から聞こえてきているのか、その発生源が分からない。
その音は、地味に私を悩ませ蝕んでいた。
元々、私は超常現象を信じるタイプの人間ではなかった。
良く言えば現実主義。悪く言えば全く面白味の無い人間。
でも、私は別にそれで構わなかった。
現実から外れたことは娯楽の一部が丁度良いくらいだし、それを信じて気持ちが滅入るのはナンセンスだ。
だから、その手の類の話は、あくまでもエンタメ程度の認識でしか捉える事をしていなかった。
それは、幼い頃からずっとそう。
その辺りは多分、親の影響も大きかったのだと思う。
昔気質な家に産まれたせいか、我が家ではその手の話は一切盛り上がることがなかった。
テレビも堅苦しいニュースや政治討論が殆どで、アニメや音楽、バラエティ番組といったものを見せて貰った記憶もほとんど無い。
本は常に参考書と辞書。マンガや週刊誌も家で見たことはないと言うくらい徹底していたのは、ある意味異常だとも思える。そんなもんだから、娯楽というものとは殆ど無縁の環境で育てられたせいか、そう言ったものに対して興味はあれど、どこかしら小馬鹿にしている節はあったのかも知れない。
一時期流行った心霊ブームの時にしたって、盛り上がっているところに水を射すような空気の読めなさを発揮するくらいだ。それも仕方無い話だろう。
そんな私だが、たった一つだけ、妙な現象に悩まされている事があった。
それが、冒頭で述べた『雑音』の問題だ。
その雑音は、それほど大きな音というわけではない。
どちらかというととても小さい者で、普段なら気にもならないような具合のものだ。
ただ、常に耳元で鳴り続けるせいか、一度気になりだしたら何処までも気になって仕方無いのも事実で、それが聞こえてくる度に苛立ってしまう。
特に厳しいと感じるのが就寝時で、床について瞼を伏せると、寄り一層音が大きくなり頭痛を覚えた。
それでも、その雑音をどうにかする術がなく、その音とはもう、ずっと長い事付き合っている状態である。
そんな雑音だが、最近、少しずつ音に変化が生まれてきているように思う。
雑音を意識し始めた頃は、ただ耳障りなモスキート音がするなという程度だった。
実際、虫の羽ばたくような音がすることが圧倒的に多かったのだから、その認識は間違っては居ないだろう。
だが、そのモスキート音は年が変わる毎に少しずつ音の種類が変化してきているように感じている。
具体的にどう変わってきているのかを説明するのは難しいが、それはまるで、何かの言葉のようなものだと感じ始めてきているのだ。
多分、気のせいだろう。
そう思いたいのは、それを認めるのが怖いから。
それを認めてしまうと、私の中で何かが変わってしまう。そんな予感が常に有り、心をざわつかせている。
でも、最近、その誤魔化しも効きにくくなってきているのかもしれない。
明らかに意思を持って何かの言葉を発している雑音は、もう無視が出来ないほど大きなものへと変化してしまっているのだ。
出来る事ならそれに気付きたくない。
それでも、私に残されている時間は、思っているよりもそれほど長いものでは無いのかも知れない。
後数年でその音が何と言っているのか、ハッキリと聞き取る事が出来るようになる気がしている。
そして、それを聞いてしまうと、私は私ではなくなってしまう……そんな予感もしているのだ。
その雑音は常に私と共にある。
何故なら、その音は、私の内側から響いていたのだから。
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