第117話 スカート
学生の頃、制服というものがとても嫌いだった。
男と女。たったそれだけの基準で、ズボンなのかスカートなのかというルールが決まる。
少なくとも、スカートというものが好きではなかった私にとって、制服を着るということが全く嬉しく無い事である。それだけは間違いではなかった。
だからなのだろう。せめてもの抵抗として、トレーニングパンツを履いたり、ジャージを着たりして、出来るだけ『女性らしい格好』から逃げるようにしてきたのは。
それでも、制服というデザインの性質上、どうしてもスカートの存在で私の性別が女の子であると分かってしまう。こんなのは狡い。だから早く、制服が廃止されることを心から願っていたのは良い思い出だ。
あれからどれくいの年月が経ったのだろうか。
今ではすっかり当たり前となってしまったパンツスタイル。相変わらず、面白味の無い格好という意味では学生の頃を何一つ変わらないが、機動力だけを考えると、大分動きやすい。シンプルなシャツにジャケット。ジャケットに合わせたパンツとそれほど高さの無いヒール。この格好もあの頃と変わらず『女性らしい格好』ではあるが、下半身に対して感じる不安感は大分軽減される。
これでいい。
これが私の望んで居たことだ。
少なくともそう思っていた。あの時までは。
その日は午後から打ち合わせが入り、そのまま直帰しても良い事になった。
予定より少しずれ込んだスケジュールではあったが、顧客との商談は実に有意義なもので好反応。その事を上司に報告し帰路に就く。
「この時間にこの道を歩くのって、久しぶりだなぁ」
言葉の通り、日が高い時間にこの道を歩くのは随分と久し振り。普段はすっかり日が暮れ外灯の光りが心許ない夜道を歩いているのだが、今日はまだ行き交う人の姿が多い。
随分と顔の異なる待ちの風景を楽しみながら歩いていると、ふと懐かしい制服に目が止まった。
「あ。あれ」
それは、私の母校である高校の制服。あの頃からデザインの変わらないそれを、私の大分下の後輩達が同じように着て歩いている。
「懐かしいなぁ」
それを見て思わず緩む表情。目の前に居るのは三人組の女の子のグループで、彼女達は楽しそうに話ながらのんびりと歩いていた。
「でも……あれ?」
そこに感じた違和感に、私は始め気が付かなかった。
「うーん…………」
彼女達を見て暫し考えると、その違和感の正体にやっと気が付く。
「あ。そうか」
そのグループは確かに女の子が三人。だから当然、三人とも全く同じ制服を着ていると思い込んだのだ。
「あの子だけ、ズボンなんだ」
三人の内二人は確かにスカートをはいている。だが、真ん中の一人だけが違う。彼女だけはパンツスタイルで何だか目に馴染まない。
「時代が変わったって……そう言うことなのかな?」
ジェンダーレスが取り上げられている昨今。このような光景があっても何ら不思議ではないのに、何故だろう。あれほどにまでそれを望んで居たのに、不思議な事に何一つ羨ましいとは思えない自分に驚いた。
「女子がスカートじゃない制服なんて、何か不思議」
制服だからスカートは当たり前。そんな固定概念が、私の中で知らず知らずのうちに受け付けられてしまっているのだろうか。一人だけパンツスタイルの彼女に対して抱いたのは違和感で、それを素直に受け入れる事が出来ない自分に対して感じる戸惑い。
その理由は何だろうと考えながら歩き、ふとある事に気が付いた。
「ああ。そう言う事か」
それに納得した瞬間、私は諦めたように笑う。
「理由なんて、とっても単純なものなのね」
服装は自由に決めて良い。その意見には賛成出来る。
男性だから、女性だから。そんな理由で興味のある衣服を着ることが出来ないのは不公平だ。
だが、その時にしか着ることが出来ない衣服というものも確かに存在しているのだろう。
私はとても制服が嫌いだった。
制服そのものがというよりも、制服のスカートが嫌で仕方が無かった。
それでも、私は確かにあの頃、スカートを履いて毎日学校へと通っていた。
あの頃は嫌だと感じてはいたが、今になってこう思う。
スカートを履く貴重な機会が、確かにあの時にあったのだ、と。
「やっぱり。私もちゃんとした女性……だったんだなぁ」
自然と止まった足。足元に視線を落とすと、色気のないグレーのパンツが目に止まる。
「……そうだ。今度、スカート。履いてみようかな」
今なら変われる気がする。
あんなに嫌いだったスカート。でも、今だからこそそれを履いてみたいと湧いた興味。
「週末。服を買いに行こうかな?」
空は漸く茜色に。今週末の予定を考えながら足を動かすと、何だか気分が楽しくなったのだった。
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