第109話 Long time no see.
『Long time no see.』。
突然届いたエアメールは、随分と懐かしい友人からのメッセージ。
学生の頃、語学スキルを上げるために頑張って続けていた外国の人との文通の事を思い出して、思わず表情が緩んでしまった。
私の元に届いたエアメールには、随分と達筆になった筆記体で受取人である私の住所と氏名だけが書かれている。オシャレな封筒にこちらでは珍しいデザインの消印。如何にもなそれに何だか楽しくなってくる。
蝋で閉じられた封を開け、中身を確認して見ると、一枚のメッセージカードに青いマジックでたった一言だけのメッセージと差出人のイニシャルが添えられていた。
未だに私の語学スキルは学校の教科書止まりで、饒舌に話すことが出来るとか、読めば直ぐに意味が理解出来るとかそういう才能は無い。それでも、そのメッセージが『久し振り』という言葉を指すものだという事くらいは流石に分かる。ただ、このカードが何故、今になって私の元に届いたのかと言うことだけは何度考えても分からなかった。
メッセージカードはシンプルなデザインで、裏面に外国のお城の写真が印刷されている。
どこの国のものなのかぱっと見で分からなかったため、写真を撮ってネットで検索してみたが、建築様式が一致する情報は残念ながら見つからない。それを残念に思いはしたが、この時はこれ以上深く考えることはしなかった。
それから暫くは、このメッセージカードの存在を忘れて過ごしていた。
本当は、忘れるつもりなんてなく、こちらからもメッセージを出そうと考え無かった訳でも無い。だが、差出人の宛先が分からないのだから、届いたメッセージはどこまでも一方通行で折り返すことが不可能だったのだ。どうしようか悩んでいる間に、メッセージを受け取ったこと自体を忘れ、カードは机の引き出しの奥に仕舞われたまま、少しずつ時間だけが経過していった。
二通目のエアメールが届いたのは、それから半年ほど経った頃だろうか。
一通目の時と同じく、受取人である私の住所と氏名しか書かれていないシンプルなデザインの封筒。それがポストに投函されていることに気が付き、私は以前貰ったメッセージの事を思い出した。
封を開けてみると、前回同様、中に有るのは写真がプリントされたメッセージカードが一枚。『Long time no see.』という言葉とイニシャルが赤紫色のインクで表記されている。
印刷されている写真は、前回とは異なりとても綺麗な湖の風景。ヨーロッパ辺りのものなのかなと思いながらその美しさに見とれる。
当然、この手紙に関しても返信することは難しく、受け取ったメッセージはまたしても一方通行のまま、いつの間にか忘れてしまっていた。
三通目のエアメールが届いたのは、それから一年後のことである。
ポストの中に居座った真っ白な封筒の正体は、半年前に見たのと同じ癖のある筆記体で書かれたエアメール。今回も受取人である私の住所と氏名しかなく、中には美しい草原の写真が印刷されたメッセージカードが一枚きり。真っ赤なインクで書かれたメッセージは『Long time no see.』でイニシャルも同じである。
流石に此処まで来ると、些か奇妙だと思うようになってきた。
そもそも、学生の頃にやりとりしてた顔も知らないペンフレンドなのだ。どうやって今の住所を知ったのだろうか。リターンアドレスの無い理由も、意味深な一言だけのメッセージも。イニシャルが友人のものと同じだったから、勝手にそれは友人が私に宛てたメッセージなのかと思い込んでいたが、もしかしたら違うのかも知れない。
そう思った瞬間、一気に背筋に怖気が走る。
「いや…………そんな、まさか…………」
一体誰がこのメッセージを私に宛てて出したのだろう。
今まで取っておいた他の手紙を机の奥から引っ張り出すと、一つずつ並べて暫し考える。
何もヒントが無い謎解きは、どうやって欲しい答えを求めれば良いのかが分からない。
「…………気持ち悪い」
これ以上考えても仕方ないと手紙を一つにまとめると、そのまま捨てるためゴミ箱の蓋を開いた。
「……………………」
捨てる。その行動は至って簡単なことだったはずだ。
手に持っている三通の手紙から指を離してしまえば済むだけの話なのだから。
それなのに、私の意志を無視するように、指がその手紙を手放したがらない。
「……何で、今になって……」
どちらからとも無く自然に関係が薄れて消えてしまった一時の友達。
長いこと連絡を取らなかったのに、本当にこの手紙が友人からのメッセージだとしたら、何故、今になって私の元へと届いたのだろう。
「…………はぁ」
結局、この手紙を手放す事は出来ず、ゴミ箱の蓋が虚しく閉まる。
「一体誰なんだろう……この手紙の送り主って……」
もう一度だけ。三通の手紙を並べ、それぞれのメッセージをじっくりと見比べる。特に変哲も無い三つのメッセージは、同じ種類の封筒と、記載されている内容に差違がない。
異なる事と言えば消印の日付とカードに印刷された風景の画像。そして、書き添えられたメッセージに使用されているインクの色くらいだろう。
「…………あれ?」
印刷されていた写真を改めて見たときに感じる違和感。それが無性に気になり、適当な一枚を手に取りじっくりと眺める。
「…………なに……これ…………」
この手紙が届いたとき、確かにそこには建物や背景の画しか無かったはずだ。
それなのに、今、手元にあるメッセージカードには、見覚えの無い一人の男性の姿が追加されている。
「……………………」
初め、それは、とても不鮮明で小さなものだった。だが、ずっと見続けていると、次第にはっきりと、そして少しずつ動きながらこちらに向かって近付いてくる。
「うわぁっ!!」
気味が悪い。思わず声を上げ放り投げたメッセージカード。
宙で器用に舞い、ゆらりゆらりと机の上に静かに落ちる。
「何なんだよ! これ!!」
それがどう変化していくのか全く気にならないと言えば嘘になる。
それでも、それを最後まで見届ける勇気を持てるほど、私の好奇心は強いわけでもない。
「捨てないと……」
視界に入らないようにと適当な紙袋を手に取り、手紙を乱暴に掴むとその中に放り込む。
『Long time no see.』と書かれていたメッセージ。
それが『HELP!!』という言葉に書き換わっていた事に気が付かない振りをして、私は紙袋の口をガムテープで塞ぐと、そのままゴミ箱へと放り込んだのだった。
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