第54話 嘘
私の人生は嘘で塗り固められている。
別に、嘘を吐くことを良いと思っている訳では無いのだけれど、そうしないと上手く立ち回れないのだから仕方が無い。
本当はどこまでもちっぽけで狡い人間なのだが、虚栄を張って自分を大きく見せる事で、辛うじて人との関係を保っているのだ。
それが苦しいと感じる事は勿論ある。それでも、それをやめられないのは、自分がどこまでも寂しがり屋で虚しい人間だからなのだろう。
私という人間がそんな風になってしまったのは、子供の頃の経験が原因である。
元々、人付き合いが器用に出来る様な人間では無かった私は、誰かと会話をすることがとても苦手だった。
あがり症といえば分かってもらえるだろうか。
極度の緊張により、いざ会話をしようと口を開くと、言葉がどもり上手く出て来ない。頭の中では大量の思いが外に出たいとせめぎ合っているのに、悲しい事に口が動かないし声にならないのだ。
だからいつもこう思われていた。
面倒臭いやつだ。と。
だからだろう。周りから距離を置かれてしまっていたのは。
幸いにもいじめらしいいじめというものを受けたことは無いが、それでも、私が話しかけると決まって面倒臭そうな反応を返されてしまう。
どんなに頑張って会話をする事を試みても、良くて数分しか間が持たない。結局、訪れる沈黙に耐えかねて会話の相手は逃げていくから、残された私は常に一人きり。どこまでも寂しさが積もる。
そんな状況を良いとする訳は当然有り得無い。私は私なりに努力していた。
状況が変わったのは、小学校五年生の夏のこと。
季節柄怖い話が盛り上がるこの時期は、テレビ番組で心霊特集が組まれることがある。不可思議な出来事に対して感じる恐怖とは、手軽に体験出来る娯楽で、「怖い、怖い」と口にしながらもついついその深淵を覗き込んでしまうのは人としての性なのかもしれない。そういう特集が有った次の日は大抵、クラスの話題はその手の話し出持ちきりになるのだ。
「わ、私ね、幽霊が見えるの!」
何故そう言ってしまったのかは分からない。もしかしたら、単純に注目を惹きたかっただけなのかもしれない。それでも、珍しく大声を張り上げそう言った私にあつまるクラスメイトの視線。
「本当に見えるんだよ」
信じていないとバカにするものもあれば、興味が有ると目を輝かせる者も居る。それでも、この嘘のお陰で私の周りに人が集まるようになったのは事実。それ以来、私は次々に嘘を塗り重ねるようになっていった。
別に嘘自体が悪いものだとは思っていない。それでも繰り返せば繰り返す程苦しみが蓄積するのも事実。一度嘘を吐いてしまえば、次から次へと新しい嘘を吐き続けなければならない。人を幸せにするための嘘なら良いのだろうが、私の場合、私を着飾るために着いている見栄や虚勢。自信の後ろめたさが大きくなれば成る程、偽りの仮面は厚く大きくなってしまっていた。
嘘のない人生。
それを渇望するようになったのはどれくらい前からだっただろう。
部屋の中には大量のブランド品。SNSに投稿している煌びやかな自分なんて現実の世界には存在しない。部屋は散らかり生活も雑。無理をして背伸びのために購入したアイテムばかりが増え続けている。
子供の頃に吐いた嘘とは種類は変わってしまったが、本当の私ではない偽りの私が、世の中と私自身を繋いでいる。それはとても脆く細い糸のようで、いつかぷつりと切れてしまいそうな程脆弱で。
それでも私は嘘を吐き続ける。
一人になるのが怖いから。
でも……。
最近、何が嘘なのか分からなくなってきてしまっていた。
何のために嘘を吐き続けているのかも曖昧で、頭で考えるよりも早く口が動いてしまっている事に酷く驚いてしまう。
言葉が先に出てしまえば、それを実現させなければならないと身体が自然に動く。
だからまだ、この部屋の中のゴミは増え続けていくのだろう。
本当の自分と理想の自分が乖離していく感覚。
いつか、偽りの自分が私の代わりに、私としてこの世の中で生きていくのだろうか。
もしそうなったら、『私』は一体、どこに消えてしまうのだろう。
私の消えた世界で、私は私で居ることが出来るのだろうか。
「もう、しんどいや」
編集を終えた画像を保存し、SNSの画面を開く。カタカタと鳴り響くキーボードの音と、画面上に表示されていく文字の数々。これで良いとしたところでエンターキーを押し、画像の添付を確認したところでカーソルは投稿ボタンへ。
「カチ」
そして今日もまた、偽りの情報を世界へ向けて発信する。
誰も、本当の私には気付かない。
それに寂しさを感じながら、私は脆い糸で繋がれた世界の声に耳を傾けるのだった。
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