第53話 罠
駆け引きというものは、思っているよりも実にシンプルだ。相手の出方を覗いながら、様々所に仕掛けていく罠。どれか一つにでも引っかかってくれれば、当然こちらの勝ちとなる。
極稀に全ての罠を回避する人も居るけれど、そんなことは指を折って数えられる程度。殆どの相手は、知らないうちにその罠に嵌まり抜け出せなくなる。
それが実に甘美で心地良い。
私は、そいういう駆け引きが大好きだった。
勿論、それを嫌がる人は沢山居るだろう。不愉快だと顔を真っ赤に染め暴力に訴える相手も少なくない。それでも、そういうギリギリの綱渡りで得られるスリルが堪らなく嬉しくて仕方ないのだから、もうどうしようもない。それで得られる多幸感が全て。生きてると感じられるその瞬間が、私にとって何よりも大切な一時なのである。
とは言え、初めからそういうのが好きだったというわけでは無い。私自身、どちらかと言えば罠に掛けられる立場だった。甘い蜜を求めて近寄ってくるのは決まって相手の方。それを快く受け入れていたのに、最後は必ず裏切られてしまう。そうして、搾り取られるとろまで吸い出された甘い蜜が空っぽになれば、簡単に捨てられてしまうのだ。
とても虚しくて仕方が無い。
その虚しさが悔しさに変わるまで、随分と長い時間を要したような気がする。
何度も何度も騙され、その度に捨てられ傷付くのは心だ。誰も慰めてくれやしない。表面上では優しいこと言って近寄ってくるものは多いが、結局の所誰もが甘い蜜を欲して搾取し去って行く。必死にそれを溜めたところで、直ぐに枯渇し満たされることはないのだ。苦しくて仕方が無かった。
だからこう思ったのだ。
変わってやろう、と。
そう思ってからは、随分と心が楽になった。相手がこちらを利用しようと近寄ってくるのならば、こちらが相手を利用するべく罠を張れば良い。相手に併せて都合良く演じ、気を許したところで罠に落とす。気が付いたときには既に囚われ、幾ら藻掻こうが逃げ出すことは出来ない。
そうして捉えてしまえば、私が捨てられることは絶対に無い。
それが、とても嬉しかった。
今まで使い捨てられていた私という存在が、今は誰よりも必要とされている。
例え、最後に罵倒が待っていたとしても、その頃には既に遅い。もう、私の罠から逃れる事は出来ないのだから、このまま私のものとなるまでは時間の問題だ。
まるで真綿で包むように、ゆっくりと、愛おしく愛でてやれば、そのうち相手は恍惚として表情を浮かべて堕落する。そして辿り着く永遠。夢に囚われたまま曖昧になる時を私と共に過ごすという名誉を与え私の一部へと変わっていく。
もう、どれくらいの相手を罠に嵌め捕らえたのかなんて忘れてしまった。惨めだったあの頃の自分はもう居ない。見てくれは少し悪いかも知れないが、綺麗に着飾って儚く消えるような存在よりも逞しく在る今の自分が誇らしい。
少しだけ甘い香りを漂わせ、全てを受け入れるように両手を広げれば勝手に飛び込んでくる相手達。すらりと長い腕で全てを包み絡め取れば、相手は至福を浮かべて一時の夢に溺れていくる。
嗚呼、今日も。
また新しい犠牲者が訪れたようだ。
でも安心して欲しい。
私は全てを受け入れる。
私を捨てていった彼らとは違い、私は捕らえた相手を全力で愛そう。
肉を溶かし、骨を溶かし、最後には何も残らず消えていくまで永遠に。
そうやって、長い刻を掛け、彼らは私と一つになっていく。
私から奪った密の分だけ、彼らは私に愛を与えてくれるのだ。
だから私は罠を作る。
彼らをどこにも逃さないように、より甘美に、より複雑に。
一時の夢に溺れ、ゆっくりと終焉を迎えることを願い乍ら、耳元で耐えることのない愛を囁く事にしよう。
そうして私達は一つになる。
誰も私達を引き離すことは出来ない。
一つに溶け合い、そして、永遠の刻を過ごすのだ。
そう。それは、私の器が完全に枯れ果てるまで、終わらない駆け引き。
ねえ? 面白いでしょう?
だから、貴方もいらっしゃい。
私がたっぷり、愛してあげる…………。
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