第40話 目覚まし時計
目覚まし時計は毎日決まって、朝の五時半にセットしている。
何故そんな時間なのかというと、勿論、二度寝をするためだ。
元々朝が苦手なせいで、時間きっかりに起きる事が難しい。何度目かの遅刻を経て漸く、二度寝をすればそのリスクを軽減出来るのだと言う事に気が付き、何年も前から実践をしていた。
勿論、この試みは毎日上手くいくというわけではない。天候だったり気温だったり。前日のコンディションによっては当然失敗することも多い。それでも、少しずつ形成されてきた生活スタイルのリズムが著しく狂わない限りは、幸せな二度寝の時間を楽しめるくらいの余裕が持てるようにはなってきた。
目覚ましに使っているのは携帯のアラームではなく、昔懐かしいアナログ時計。上部でベルがけたたましくなるようなレトロなデザインのアレである。
この手のアイテムは音量の調節が難しく、長時間鳴り響くと近所迷惑になってしまう。だからこそ、キチンと時間通りに起きる必要があるのだが、それが実に緊張感が高く気が抜けない。
そんな状況で熟睡が出来るのかと聞かれたこともあるが、慣れてしまえば何て事は無い。意外と起きれる事の方が多かったりもする。
正直、自分がここまで変われるとうことが驚きだ。
寝穢かったはずの自分が、今ではしっかり睡眠のリズムを掴みつつある。とても良い傾向だと我ながら思う。
そんな目覚まし時計だが、ここ最近、どうも調子が悪いらしい。
少しずつ時間が狂い始めているような気がして不安になった。
それに気が付いたのは二週間ほど前の事だろうか。その日は、いつもよりも目覚ましが鳴る時間が遅かった。
とはいえ、時計だって道具だ。動かす為の動力はエネルギーを蓄えた電池によって得ているのだから、動力源が枯渇すればゆるやかに活動を停止するのは仕方が無い。
永遠に正確な時を刻むなど不可能に近いのだから、毎日のリズムは気が付かないほどゆっくりとズレを生み出している。
それでも、電池を交換し、また針を整えれば、同じように正確な時を刻み始めるのだ。
それは、時計という道具が壊れるまで何度も、何度も繰り返される。
それなのに、ここ最近は、何故か電池を交換しても時間が狂うことが多くなってしまった。
まぁ、随分と長く使っている時計だったし、幾ら丁寧に使っていたとしても事故で落下させてしまうことが全くないのかと言えばそうではない。機械である以上、衝撃に弱い部分もあるのだろう。いつかはこういう時が来るのだと思うと、それはそれで仕方のない事だとは理解もしていた。
時計を買い換える事を検討し始めたのは、いよいよ電池だけでは時間を戻す事が難しくなってきた頃である。
修理に出すことも考えはしたが、随分と古いその時計は、祖母から貰ったもののため、製造がいつの頃なのか皆目検討もつかない。修理してくれるような時計屋も近所では見かけなかったため、新品を買った方が早いという結論に至った訳だ。
とはいえ、この時計にはとても愛着がある。処分するのも忍びない。さて、困ったどうしようと悩んだ結果、電池を抜いてインテリアとして置いておくことに決める。
本当ならば処分してしまった方が良いことは分かって居る。それでも、もらい物であったことや、長く愛用していたことが手伝い、なかなかその決断に至る事は難しかった。
電池を抜いたはずの時計が鳴るようになったのは、それから暫くしてからのことである。
時計の音は毎日必ず、決まって早朝五時半に鳴り響く。
勿論、その時間に目覚まし時計をセットしているのだ。音が聞こえるのは当たり前だろうと思う人も居るだろう。
でも、違う。
新しく買った目覚まし時計とは、明らかに異なるベルの音。
それは今まで、毎日聞いては止め続けていた、あの時計の音にそっくりなものだった。
不思議な事にその音は、早朝五時半から三分間だけ鳴り続ける。
これは自分が時計を止めるまでに掛かる最長の時間と同じだった。
その時間が過ぎると、ぴたりと音はしなくなり、新しい目覚ましの音だけが寂しそうに鳴り響くのだ。
とても気持ちが悪かった。
と、同時に、どこかしら懐かしいものも感じてはいた。
不思議に思い古い時計を確認したこともあるが、電池はやはり入っていない。時を刻むことをやめてしまった機械は、動かすことのなくなった針を最後に刻んだ時間の数字で止めたまま。そこから一ミリも動きはしていないのに何故かその音は毎日決まって聞こえてきた。
最近、その音が聞こえる時間が長くなってきている気がする。
きっと気のせいだろうと思うのだが、毎朝煩くて仕方が無いことがとても辛い。
音を聞きたくなくて耳を塞ぐのに、まるで耳の内側で音が鳴っているかのように、少しずつベルの音は大きくなっている。
今までは早朝の三分間だけだったものが、二、三日まえから昼間でも、夜でもずっと聞こえるようになってきた。
そしてその音が日に日に巨大になりつつある。
このままでは、気が狂ってしまう。
そう思った瞬間、古い時計は床に叩きつけられていた。
大きな音を立てて壊れる精密機械。ガラス板には罅が入り、小さな欠片が床に飛び散る。
完全にガラクタへと変わってしまった愛用品は、もう音を鳴らす事は出来ないはず。
だった、のに……
壊れてしまった瞬間、今まで以上に大きく鳴るベル音が部屋中に響き渡った。
煩い!!
そう声を大きく張り上げても、ベルの音の方がはるかに大きい。そして、その音はいつまでも止まず更に音量を上げていく。
もう、何日もこの音を聞き続けている。他の音なんて何一つ聞こえてきやしない。
とっくに気も狂ってしまったのか、ただ、ただ、煩い、煩いと繰り返し同じ言葉だけを呟いている。
誰でも良いから頼む。
この音を、止めてくれ。
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