第41話 フィギュア

 いつも、綺麗なディスプレイに飾られた、沢山のフィギュアを見て羨ましいと思ってしまう。

 自分としてはフィギュアは勿論買いたいし、種類を全てコンプリートしたいと願っているのだが、如何せん金が無い。

 こういった嗜好物は、物によってはやたらと金が掛かるわけだが、欲しいと思ってしまう種類が高確率でそのパターンの場合、どうしても財布事情と相談することになってしまう。

 そして大体、溜息を吐きながら諦める。それが通例だった。

 何に於いても金が掛かる以上、切り詰めなければならないのが趣味に掛かる金銭だ。

 とはいえ、こういう愛好品は、不思議な事に買うタイミングを逃すと大抵手に入らなくなってしまう。もし手に入れることが出来たとしても、その時の売価は予想をはるかに上回る価値に鳴ってしまうことも多いのが現状。

 だからいつも迷ってしまう。

 今買うべきか、諦めるべきかを。

 とはいえ、買ったところで満足するかというと、そこは非常に微妙な話。

 殆どのアイテムは入手したところで満足は出来るが、中には買ったことを後悔するパターンも存在している。そう言うときに決まって思うことは「買わなければ良かった」ということだ。

 まあ、それを手に入れるまではその時に感じる感情がどういう物なのか予想は付かないのだから、これもまた仕方のない話しではある。


 さて。では、話を戻すとしよう。

 こんな感じなもんだから、手に入れた嗜好物を綺麗にディスプレイしている愛好家を見ると、やはり羨ましいと感じてしまうのだ。

 一つ一つに愛情が注がれ、いつでも好きなときに観賞出来る状態があるというのは、まさに収集家冥利に尽きるというものだろう。

 それが例えマイノリティな趣味だとしても、分かる人には分かる何か。志が同じ仲間からしてみれば、それは最高水準のレベルを充たしているといっても過言では無かった。

 当然、それと同じレベルになるように工夫したいとは、常日頃から考えては居るのだが、自分の於かれている環境を考えると、それはどうしても不可能に近いものだ。

 まずは住まい。自室の持てる一軒家や間取りの多い賃貸などではなく、家賃が手頃なアパート住まい。家族が居る手前、限られた部屋数で嗜好品を管理するのはなかなか難しく頭が痛い。

 次に理解。家族は一応、私がこういった物を好んでいる事は知ってはいるが、完全に趣味を理解してくれている訳では無さそうで。どうしても欲しいと感じ手に入れたアイテムを追加する度、嫌そうな顔をされてしまう。

 辛うじて文句だけは言わないで居てくれてはいるが、それでもその目は「迷惑である」と如実に物語っていた。

 それでも子供達は多少なりとも興味を示してくれる事もあったが、妻に至っては「いつ片付けるの」だとか、「これ以上物を増やされると困るんだけど」だとか、いやに小言が多い。

 妻の言いたいことは分かってはいるし、今、優先すべき事なのは何なのかくらい、自分だって理解はしている。それでも、必死に貯めた小遣いの使い道くらい、偶には自由に使わせて欲しいものだと。思わず愚痴をこぼしてしまいそうになり、ぐっとそれを堪えて何年が過ぎただろう。


 押し入れの中には溜めてきたフィギュアの数々。

 ディスプレイとして飾ることも難しいため、パッケージを開ける事も無いまま何年も眠った状態。

 それでも、押し入れを開ければ、それらがそこにあるという事が嬉しくて、それだけで幸せを噛みしめることは出来て居た。

 いつか、これらを、綺麗にディスプレイし、思う存分観賞出来るようにしたい。

 子供達の将来と家族の幸せを第一に考えながらも、そんな小さな夢はずっと抱き続いて日々努力する。それは、定年まで変わらない。

 勝手ながら、そう思っていたのだが……。


 「悲劇」。


 というものは、予想もしないタイミングで訪れるものだと思い知らされた。


 その日は運が悪く出張になってしまった。日数は三日間。急に決まったスケジュールだったため、妻の小言はいつも以上に多い。それでも、働かざる者食うべからずと言うように、仕事だから仕方無いと荷物の準備を手伝ってくれた。

 行ってらっしゃいという言葉を背に向かう出張先。付き合いだからと嗜んだ酒は、以前よりもかなり弱くなってしまっており、途中から切り替わるノンアルコール飲料。正気だけは失わないように注意しながら乗り越えた三日後、憑かれた身体を引き摺るようにして帰宅した私は、思わず言葉を失ってしまったのだ。


 無い。


 開け放たれた押し入れの中。そこにあったはずの大事な宝物は、いつの間にか全て姿を消してしまっていた。

 何も言葉が出て来ず黙っている私を見て、妻は自慢げにこう呟いたのだ。

『結構高く売れたのよ。発送するの、大変だったんだから』

 様々な感情が私の中で駆け巡る。泣きたいほど悲しい気持ち、言い様のない喪失感。自慢げに話してくる妻への怒りと殺意。

 何故、そんなことをしたのかと無意識に問いかければ、断舎離だと彼女は言う。

 その計画は随分と前から立てていた物らしい。家の中が手狭になっていることに、彼女は常に不満を抱いていたようで、私のコレクションが邪魔で仕方無かったのだと吐露する。クローゼットの中は殆ど彼女の衣服で埋め尽くされ、私のスーツなんて片手で数える程しかないし、私服にしてもそれほど点数は持って居ないのに、それらは未だにクローゼットの中で幅を利かせたまま。

 物の価値に対しての認識が異なっている事は以前から気が付いてはいたが、これほどにまで差があるのだと言う事に悲しみを隠せなかった。

『で、幾らで売れたと思う?』

 彼女は多分、良かれと思ってやっているのだろう。そう思わないとやりきれなさを処理仕切れない。それでも、失ってしまった物への愛着と、かけた時間は戻って来ない。金銭に変わったところでその金は何の価値も生み出さないのだ。

 妻が先程から何かを言っているが、私の耳には何も入っては来なかった。

 空っぽになってしまった押し入れを見て、ただ、廃人のように突っ立っている。

 何の感情も湧いてこない。とても面白いくらい、何も考える事が出来ない。


 気が付けば、大粒の涙が頬を伝いスーツを濡らしていた。


 妻が驚いて何かを言っているが、私は黙って涙を流す。

 自分の中で渦巻く感情は、爆発するのか燻り続けるのか、今はまだ分からない。

 ただ。一つだけ。確かに分かる事がある。


 私に取って、消えてしまったそれらは、どんなものよりも価値が在ったのだと言うこと。


 人から見ればフィギュアなんて、タダの嗜好品で愛好品。

 どんなに造形美を語ったところで、理解してくれる人間は限られている。


 それでも、手に入れ大切にしていた者にとっては、それは掛け替えの無い宝物なのだ。

 取り返せるのならば取り返したい。そう妻を罵倒し殴ってやりたいとすら思う程、その喪失感を埋める術が思い付かない。


 部屋の向こうでは子供達が成り行きを見守っている。妻は私の反応をどう捉えれば良いのか分からず動揺しているようだった。


 私は一体、どうすればいいのだろう?


 ふと、目に止まったのはゴルフクラブ。

 余り上手くなれず直ぐに手放したくなったのに、未だに上司の付き合いで使い続けている嗜好品。


 これで、目の前の女をぶん殴れば、少しは気持ちが晴れるのだろうか?


 暗い面持ちのまま、ゆっくりと足を進める私は、これから一体、どうなってしまうのだろう。

 多分、この先に待ち受けている未来は、私が望んで居たものとは大きく異なるはずだ。


 何故なら……

 私の宝物が無くなった時点で、私の心は完全に折れてしまったのだから。

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