第18話 剣
誰かに守られる人生より、誰かを守れる英雄でありたい。
そんな漠然とした思いが、子供の頃から常にある。
それは多分、漫画やアニメ、ゲームなどで英雄として称えられた主人公が、とても格好良く自分の目に映ったからなのだろうか。
どんなに酷い状況に立たされても、ほんの僅かな希望を胸に世界を切り開く。そのバイタリティの高さにもの凄く憧れたものだ。
彼らの歩んできた人生の重さは、キャラクターによって異なってはいたが、彼らの目指す先は常に共通していた。
『この運命を変えたい』
物語の始まりは常に幸せな状況からとは限らない。シナリオが進むにつれ多くの試練が彼らの前に立ち塞がり、進行を妨げてくる。そんな中で出会いがあり、別れを経て掴み取る勝利。
「ああ、やった」
その先に待っている栄光が目的地。それはまるでテンプレートのように筋道が決まっている、約束された未来図。
それが単純だと嘆く者は確かに居るのだろう。だが、シンプルな設計を好む自分にとっては、確定された幸福論は実に心地の良いと感じるものであることは間違いなかった。
誰からも慕われ、頼られる存在。そんな英雄の姿への強い憧れが未だにある。
そんな彼らを象徴するものが剣というアイテムだった。
その剣は彼らの成長と共に変化していくこともあれば、出会ったときから最強の場合もある。それを手に取り天に掲げる様は、何にも得がたき格好良さがあり思わず感嘆が漏れてしまうものだ。
勿論、その刃に染み入るのは何も、輝かしい光だけではない。切り裂き薙ぎ払った数の分だけ濡れる銀の鋼。表に付く無数の傷のが物語るのは、その戦闘の壮絶さだ。
当然怨まれることもあるし、悪意を向けられることもありはする。ただ、その相棒を駆使することで確かに運命が変化し未来の形は変わっていく。それは彼らにとってきっと、良い方へ、良い方へと変化していくのだということは、誰の目から見ても明らかではあった。
ただ、それは作られた世界だけでの話。実際に現実という領域に於いては、輝かしい剣などただの凶器にしかならない。どんなに英雄に憧れたところで、それが許容されるわけでは無い現実が目の前にある。
そうで無くとも平凡な人生なのだ。誰かの味方になることは出来ても、みんなを引っ張っていけるようなカリスマ性なんてないし、頼られるほどの力量も無い。
所詮夢は夢でしか無い。
それが分かっているから、憧れを主張することは無かった。
クラスの隅にいる地味な存在。それが自分に貼られたレッテル。望んでそうなったわけでは無いはずなのに、いつの間にかそうなっていて、気が付いたときはもうそのレッテルを剥がすことが出来ない程べったりと自分という存在に貼り付いてしまっている。
それでもいつか、自分にも。
空想の世界で剣を掲げる英雄のように、輝かしい未来が訪れるかも知れない。
それが例え儚い妄想だと分かっていても、そう願わずには居られなかった。
学年が上がり、この生活に大分諦めという感情が染みついてきた頃だった。
両親から今年の祭りについて説明があると声をかけられた。
夏の初めに行われる祭りは、村の一大イベントとよべる大きなもので、のどかでのんびりとした空気がほんの少しだけ変化する。元々は神事と絡めた儀式的なものだったらしいが、儀式自体は形式的に神社の関係者のみで執り行われ、一般には普通の祭りとして場を開放しているのが現状。
「そうか。もう、そんな時期」
この祭りが好きかと聞かれると、正直どちらとも言えないと言うのが感想だ。誰かと共に祭りを楽しんだこともなければ、誰かに誘われてその場に足を向けたことも無い。祭りに行くときは大体両親か祖父母が一緒。楽しそうに談笑し出店を回る同級生の姿を遠目に眺めながら寂しさを感じるのが嫌で、いつの頃からか祭りには参加しなくなってしまっていた。
「でも、説明って一体どう言うことなんだろう」
今まで両親から祭りに関して話を聞かされたことは無い。参加するのかしないのかは自由だったし、我が家が神社の関係者という話は聞いたことが無かった。
改めて言われた言葉に感じる違和感が頭の隅に引っかかったまま、すっきりとしないモヤモヤだけが広がっていく。それでも、そのことについて深くは追求せず両親からの話を待つことにしたのは、単純に『面倒臭い』と感じてしまったからだった。
「これは、お前の為だけに造られた剣だ」
まるで空想の世界のような出来事が、現実に起こることもあるらしい。
創造していた光景とは異なってはいたが、白装束に身を包み広い座敷の真ん中に座らされた状態で待っていると、神主の格好をした父親が厳かに姿を現した。
両手で持っているのは一本の剣。それは、蝋燭の明かりで揺れ神秘的な光を放っている。
正座している自分の前に置かれた銀色の鋼は、まだ使われたことの無い真新しいものなのだろう。傷一つ無く、とても美しく、綺麗だった。
「俺だけのものって、どういうことだよ」
父親が言った言葉が頭に引っかかる。自分のためだけに造られたというのはどう言うことなのかと問いかけると、父親は言葉通りの意味だと返しただけで口を噤んでしまった。
そこから先は一切会話という会話は無く、時間だけが過ぎていく。説明と言われたのに指示が出されるのは簡易的な所作に関してのものだけ。訳が分からないまま指示通りに動き行っていく形だけの儀式。
「今年は家が受け持つことになったの」
巫女の格好をした母親が申し訳程度に告げた言葉に、この役目はどうやら順番に回ってくるものだという事を理解する。
どちらにせよ、お前のために造られた剣といわれたアイテムが目の前にあるのだ。儀式の内容なんて関係無く、目の前に提示された非現実的なご褒美の事ばかりが気になってしまう。
儀式が終わればあれは自分の物になる。ただ、そのことだけが楽しみで仕方が無かった。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
時計がないこの空間では、時間という感覚が上手く掴めず気が滅入る。神楽鈴の独特な音色が数回繰り返され舞が終わる。静かに揺れる室内の空気。蝋燭の炎が緩やかに左右を行き来する。
「此処に座りなさい」
そう言って指示されたのは紫色の座布団の上。多分これが最後の工程なのだろう。
小さく頷き指示に従い腰を下ろすと、優しく頭を撫でられた。
「親父?」
別に父親に虐げられていたわけではない。ただ、こんな風に撫でられたのは幼い頃まで遡らないと覚えが無いのだ。成長するにつれ次第に言葉が少なくなり、少しずつ距離が開いてきた親子の関係。それが当たり前になってしまっていたため、不意打ちの優しさに驚いてしまった。
「……………………」
その優しさの意味を知った瞬間、頭の中が真っ白に染まる。
「お前は昔から憧れていたよな? 英雄になることに」
掲げられた真新しい剣。それは父親の手の中で怪しい光を放っている。
「喜ぶといい。お前はみんなの英雄になれるんだから」
その剣はこの後、綺麗な弧を描き振り下ろされるのだろう。お前のために造られたと言われたそれが、自分の手に握られることは無い事だけは理解出来た。
父親の言う『英雄』は、確かに誰かを守るための正義だったのだろう。
ただ、それに、『自分』という存在が含まれる事は無い場合も有るのだという事を考えなかったのは誤算だった。
抵抗を試みようと両手を掲げるが、そんなのは何の意味も成さない。
吹き上がる赤が視界を強烈に染め上げていく。
ああ……寒い…………寒くて仕方が無い。
俺はただ、誰かを守る英雄になりたかった。
その夢は、想定外の方法で叶えられることとなった。
そう。
俺は確かに、誰かを守るための英雄になれたのだろう。
だが、俺を支え、称えるために用意されたその剣を俺が握ることは、最後まで無かったのだった。
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